「だから俺は、ひなに夢を諦めてほしくない。叶うかなんてわからなくても、夢見ることは諦めないで向き合ってほしい」



それは、あの日。事故に遭う前の彗と最後に交わした会話を思い出させた。



『ひな自身にもなりたいものがあるんじゃない?』



あの日彗は私の心に問いかけてくれた。
なのにそれに対して私は、『彗にはわからない』なんて跳ね除けてしまった。

だから今日は、感情的になってしまわないように。呼吸をひとつ置いてから口を開く。



「……知ってるでしょ、そんなこと言ったら父親がなんて言うか」

「なんて言われてもいいでしょ。自分の大切なものは、誰にも否定する資格なんてないよ」



誰、にも……。

もしかしてあの日も、彗はこの言葉を私に伝えようとしてくれていたのかな。
それなのに私は耳を傾けることもせずに拒んで逃げた。
なにもわからないくせに、とひとり拗ねて背を向けていた。

彗は本を持ったままの私の手に自分の手を添える。
長い指と大きな手のひらから、しっかりとしたあたたかさと力強さを感じた。



「ねぇ、ひなの好きな気持ちは簡単に奪われて捨てられるもの?」

「え……」



夢中で書いた物語も、それに費やした情熱や時間も、胸にあふれた楽しさも。
父に否定されただけで、簡単に奪われていいもの?

この胸に問いかけ、すぐ浮かんだ答えをわかりきっているかのように彗は笑う。



「そうじゃないなら、ひなの本心を分かってもらえるまで伝えよう。怖くても大丈夫。俺がついてる」



『大丈夫』なんて、誰にだって口にできる。
だけど、彗が言ってくれるそのたったひと言が強く背中を押した。

書くことが好きな気持ちも、夢をみることも、奪われたくないし諦めたくない。
だからまず私は、お父さんに向き合いもう一度伝えるべきだ。
抑圧され、本当のことをひとつも言えずただ飲み込んできた言葉を。

跳ね除けられても理解してもらえなくても、伝えなきゃ知ってもらえない。

頷いた私に、彗は優しい微笑みで応えてくれた。