「ひ、ひな……びっくりした」

「すごく集中して読んでたね。なに、また図鑑でも見てるの?」

「違う違う。俺だって図鑑以外読めますー」



口を尖らせて言いながら、彗は本の表紙を私に見せた。
『ねこのあしあと』というタイトルと、子供が描いたような猫のイラストといった装丁に私は思わずそれを手に取った。



「これ……彗が、どうして」

「この本、何年か前に話題になったじゃん?さっきたまたま見つけたから読みたいなと思って。ひなもこの本読んだことある?」

「うん。読んだことがあるどころか、家に初版もある。大好きな作品だよ」



それは、親に愛されず命を落とした子供が、猫に生まれ変わり新しい家族に拾われるという話。

その家族は優しく温かかったが、前世で愛情を知らず人を信じることができなかった猫は、家族になかなか懐くことができなかった。
けれど日々のささやかな出来事が積み重なり、猫は人から愛される幸せを知る。

そして猫として十数年を過ごした末、やがて二度目の死の日を迎える。
最初の死のときにはひとりぼっちでなんの感情も湧かなかった猫だった。
けれど、愛する家族の腕の中で迎えた死はひどく悲しく寂しく、幸せを感じさせた。

猫はそっと目を閉じながら実感するのだった。
愛されると同時に、自分も家族を愛していたことを。



「この本との出会いがあったから、私は小説を書いてみたいと思うようになったんだ」



この本を読んで、読後に残ったのはあたたかな気持ちと切ない気持ち。

できるなら猫には生き続けて、幸せなままでいてほしかった。
……じゃあ、そんな話を私が書こう。
そう思ったのが、物語を書き始めたきっかけだった。

私が書く話は、ハッピーエンドにしよう。
成長するにつれ現実はそううまくいかないと知っていきながらも、だからこそ物語の結末くらいは幸せにしたいと思った。

物語の中なら、全て自由だから。



「そっか。だからひなの書く話には愛が溢れてるんだ」

「え?」

「ひなが書く話って、読んでると主人公や周りの人の温かさを感じるんだ。それって、この本から生まれたひなの温かさが出てるからなんだろうね」



私の、温かさ……?

そんなの自分では考えたことなかった。
けれど彗の笑顔から、それがお世辞や嘘ではないのだろうことが感じ取れた。