「あら、ふたりともそんなところで寝転んじゃって」



するとそこに奥から千代さんが姿を現し、私はふと現実に戻り勢いよく体を起こした。



「た、種まき終わりました!」

「ありがとう。ふふ、ふたりとも土だらけになって子供みたいね」



千代さんがおかしそうに笑うと、そのタイミングで、「こんにちはー」と玄関のほうから声がする。
声の主は近所の人だったようで、千代さんより少し若いおばさんが慣れたように裏庭へ回ってきた。



「野菜持ってきたけど千代さんいるー?ってあら、若い子連れ込んで!」

「ふふ、今日はね彗ちゃんが彼女さんを連れてきてくれたの」

「やだ本当じゃない!そうだ、せっかくだしあなたたちも野菜持っていきなさい!」



おばさんはそう言うと、恐らくこれから近所に配るつもりだったのであろう野菜が入った袋のうちふたつを私たちに手渡した。

それから話を聞きつけたご近所さんたちが続々と集まり、お菓子や野菜や飲み物などあれもこれもと持たされ……。
千代さんの家を出る頃には、私と彗は両手いっぱいの大荷物を抱えていた。



「すみません、こんなにたくさん……」

「いいのよ。またいつでも遊びにきてね」



千代さんを始め近所の人たちに見送られ、彗の自転車のかごに荷物を積むと私たちはその場をあとにした。

帰り道はふたり乗りをする元気もなく、自転車を押す彗とふたりで並んで歩いていく。



「はー、疲れた」

「うん。もうクタクタ」



すっかり夜となったけれど、体はまだ温まったまま。今夜はマフラーを巻く気にもなれない。



「でも、行ってよかったでしょ」

「……うん。千代さんと、会えてよかった」



彗のことを思う、優しい心と出会えてよかった。
そう強く思うと同時に、彗の気持ちが聞けたこともなによりもうれしかった。

……頑張って、みようかな。
彗が好きだと言ってくれる自分のことを、自分自身も愛せるように。



その夜、帰宅した私はもらった野菜たちを美智子さんに預けると、そのままお風呂に入り、夕飯も食べずに自室へ直行した。

いつもならテキストを取り出し勉強に励む時間だ。
けれど今日は違う。
机の引き出しからテープでとめたノートを取り出し、書きかけのページから再び文章を書き始めた。

今日の疲れも、時間の経過も全て忘れて。
ただ夢中で文字を綴る。

久しぶりに、『自分らしさ』を取り戻すかのように。