「今はおひとりですか」
「そうなの。けど近くに住んでる息子も孫もしょっちゅう来てくれるし、近所に友達もいっぱいいるから寂しくないけどね」
言いながら、千代さんは目の前の部屋のローテーブルに飾ってあった写真立てを手に取り私に見せた。
そこには、千代さんとその息子夫婦、そして私たちより少し年上の女の子が写っている。
みんな幸せそうないい笑顔だ。
それを見つめるチヨさんの目は穏やかだ。けれど一瞬切なげに細められた。
「でも、旦那が亡くなってから心にぽっかり穴が開いちゃってねぇ。段々枯れてく畑を見てるのがつらかった」
どんなに周囲に人がいても、ひとりを失うことで心に穴があく。
それは、彗を失くしたときの自分と重なった。
「でもそんな時、去年の春だったかしら。彗ちゃんと出会ったの」
千代さんは懐かしむように言う。
「買い物帰りに駅前で転んじゃったときにね、みんなが素通りする中で彗ちゃんだけが声をかけてくれたのよ。
それで、家まで荷物運ぶのを手伝ってくれたの」
「……想像つきます」
「でしょう?ここでこうしてお茶を飲んで、同じような話をして……そしたら彗ちゃんが、『家庭菜園とかすごいじゃん、俺もやってみたい!』って言ってくれて」
転んだお年寄りを見て見ぬ振りできず、駆け寄って声をかけて、一緒に家まで行く。
そんなお節介な姿も、好奇心旺盛な彗が畑を見て目を輝かせるのも、簡単に想像がついた。
「最初は小規模で、プランターを使って植えてみる?って聞いたらふたつ返事で頷いて、植えて育てて収穫して、を繰り返したの。
それで今回は久しぶりに、畑を使って本格的にいろいろ植えてみようって話になって」
そうだったんだ。
そんなこと、ひと言も言っていなかったから知らなかった。
「いつも一生懸命、服も顔も土で汚す姿がかわいくてね。彗ちゃんはうちだけじゃなくて、この地域一帯のアイドルなの」
まるで孫のことを語るかのように、その口ぶりは少し誇らしげだ。
千代さんのあたたかな視線の先には、畑の真ん中でしたたる汗を手で拭う彗の姿がある。