「やっほー、千代さん。来ちゃった」
千代さん、というらしい。
彗が笑って手を振ると、おばあさん……千代さんは一瞬でパァッと表情を明るくさせる。
「彗ちゃん!よく来たねぇ、おいでおいで」
大歓迎といった様子で彗を出迎え、敷地内へ手招いた。
そして続いて私へ目を向けると、なにかを察したように笑う。
「おや、その子はもしかして」
「うん、彼女。ひなっていうんだ」
『彼女』、彗にそう紹介されて少しくすぐったい気持ちになりながら私は千代さんへ小さく会釈をした。
「初めまして」
「やっぱり、あの噂の彼女!あらぁ、またこんな美人さん捕まえて……恋愛相談乗ってあげた甲斐あったねぇ」
「千代さん、しーっ!内緒内緒!」
千代さんに背中をバシバシと叩かれながら、彗は人差し指を口の前に立てる。けれどその顔はデレデレと緩んでいる。
恋愛相談……?
さっきの口ぶりといい、以前から私のことを話していたらしい。
それにしても、自分の祖父母より年上の人とここまで仲良くなれるなんて……さすが彗。コミュニケーション能力のかたまりだ。
「じゃあさっそくこっちにおいで。ほら、ひなちゃんも」
腰の曲がった体でゆっくりと歩き出す千代さんに続き、家の横を通り奥へ抜けると、裏庭には家一軒分ほどの空き地が広がっていた。
恐らくは家庭菜園レベルの小さな畑だったのだろう。
けれど今はなにかを育てている様子もなく、まっさらな土が広がるだけだ。
「これは……?」
「彗ちゃん『今年は彼女と畑に種まきする』って言ってたから、楽しみに待ってたのよ」
千代さんは笑って言いながら、小さな手で大きなクワをとり私と彗に渡す。
「……あの、これはなにを?」
「畑なんだから耕すに決まってるでしょう」
「は!?」
た、耕す?私が畑を?
どうしてそうなるの、と彗を見るけれど、すっかりやる気の彗は家の縁側に荷物を置き、着ていたセーターを脱ぐ。
彗とどういう関係性かもわからない人の家で、なぜか畑を耕すことになるなんて……どういうこと。
意味はわからないままだけれど仕方ない。
私も同様に縁側に鞄と制服のジャケットを置かせてもらうと、ブラウスの袖をまくり畑に立った。
両手でクワを持ち上げて、少しフラつきながら地面に刺す。
土からは、サクッと少し情けない音が聞こえた。
クワって、意外と重い……!
「頑張れひな。ちゃんと耕さないと野菜に栄養が行き渡らないからね」
「なんで私がこんなこと……」
「つべこべ言わない!ほら、頑張って!」
つべこべ言いたくもなるでしょ……!
彗に反論したいけれど、とりあえず今は余計なことを考えるのをやめようと、半ばヤケになってクワを振り上げる。