彗がペダルを漕ぎ始めると、自転車は徐々に速度を増した。
周りの景色が流れるように通り過ぎていって、冬の冷たい風が頬をかすめる。
気持ちいい。
普段自転車なんて乗らないから余計にそう思うのだろう。
彗の大きな背中に頬を寄せながら、その鼓動が徐々に速くなっていくのを聞いた。
……生きてる。
彗の鼓動が、熱くなっていく体温が、彼がまだここで生きていることを教える。
この鼓動を、なくしたくない。
棺の中で眠っていた、血の気の失せた真っ白肌の彗を思い出すと、彼にしがみつく腕にいっそう力が入った。
それから学校から離れ、大きな通り沿いの道をしばらく進んだ。
そのうち高架下を抜け、枯れ木の並木道を通り……20分以上は走っただろうか。
新宿の喧騒から離れた住宅街の一角で、彗は自転車を止めた。
「ついた」
その言葉を合図に顔を上げると、そこには一軒の家が建っている。
昔からあるのだろう、小さな平屋建てのその家は表札に『渡邉』と書かれている。
「ここは?」
「ばあちゃんの家」
おばあちゃんの家って……彗の?
いや、以前彗がおばあちゃんは父方、母方とも亡くなっていると話をしていた気がする。
ということは、誰のおばあちゃん?
「おばあちゃんって、彗のじゃないよね?」
「うん。身内とかじゃないけど、ここの家のばあちゃんと友達なんだよね」
おばあちゃんと友達?
友達のおばあちゃんとかじゃなく?
意味がわからず首を傾げていると、彗は慣れたようにインターホンを押す。
ピンポン、と短い音が鳴るけれど誰も出てくる気配はない。
留守なんじゃないかと思いながらもそのまましばらく待つと、玄関の引き戸がゆっくり開けられた。
そこから姿を見せたのは、痩せ型の白髪頭のおばあさん。見た感じ80歳近くだろう。
彗の身長の半分くらいしかないんじゃないだろうかという小柄な背をしたおばあさんは、メガネの奥の細い目で彗を見た。