病院に戻ると受付も無視して先ほど来た病室へと行くと、私は岡澤さんの部屋のドアを思い切り開けた。



「あの!」



大声とともに突然ドアを開けられ、岡澤さんはこちらを振り向く。
全身びしょ濡れで息を切らせた女が駆け込んでくるなんて恐怖でしかないだろう。私を見てさらに驚いた。


「えっ誰!?」

「いきなりすみませんっ……深山彗の、連れのものです!」



彗の名前を出すと私の存在を思い出したのか、その顔は険しいものとなる。
その表情に一瞬怯みそうになるけれど、私は息を大きく吸って彼女と向かい合う。


「お願いします、彼と少しだけでも会ってもらえませんか?」

「……無理です。帰って」

「お願いします……あなたにも彗にも、後悔してほしくないんです」

「無理だってば……しつこい!!」



押し問答の末、痺れを切らしたように岡澤さんは手元にあった四角い時計を投げた。
それは私の額に思い切りぶつかり、にぶい痛みがはしる。けれどそれでも私はその場から動くことはない。

お願い、彗の話を聞いて。
きっと、本人同士でしか分かり合えないこともある。
私では、彗が伝えたいこともきっと全ては届けられないから。



「今日じゃなきゃダメなんです!明日が誰にも確実にくるなんて、言い切れないからっ……」



『明日になったら』。
彗が亡くなる前、私も思っていた。

だけど、その『明日』が確実にくるとは限らない。
あの日の私と同じ後悔を、彼女にはしてほしくない。

一歩も動くことのない私を見て、岡澤さんは俯いた。



「……無理なんだってば。私、彗に合わせる顔がないよ」



表情は見えない。
けれど弱々しくぽつりと呟く声は、かすかに震えている。



「私のせいで彼はいじめられて、なのに私は助けることもできなくて……もう友達なんて名乗る資格ない」



その言葉から、岡澤さんは自分を責めていたんだと察した。

そうだよね。自分のせいで相手がいじめを受けたなんて、どうしていいかわからない。
今度は自分が助けたいのに、怖くて勇気が出ない。
見ているだけの自分は、いつしか加害者と同じになっていたのかもしれない。

そんな彼女の心情を察すると、切なさに胸が締め付けられた。