「もう俺見てられなくてさ。庇ったら次に俺がやられるようになっちゃって」
「えっ……その時、彼女は助けてくれなかったの?」
「まぁ、それは難しいよね。でも俺は水かけられたらかけ返したりして、全部やり返してたらいじめは沈静化したんだけど」
それは強い……。
確かに普段の彗の性格から見て、やられて泣き寝入りするタイプじゃない。
話し合いで解決しないと判断すれば、やられた分笑顔でやり返してしまうような姿が想像ついた。
「でもそれから岡澤とはなんとなく気まずくなって。話せないまま引っ越すことになって、疎遠になって連絡先も変わってて今に至る」
……まぁ、そうだよね。
岡澤さんからすれば気まずいと思う。
私はこんな暗い性格でも幸いいじめというほどの経験はしたことがないから、彼女たちの気持ちの深いところまではわからない。
だけど無視をされたり笑われたりするのは、苦しく悲しいだろう。
『友達のために』と立ち向かう彗の勇気がすごいこともわかる。
だけど代わりに彗がいじめられたときに、庇うことができなかった岡澤さんの弱さもわかる。
そもそもはいじめた人が悪いのであって、彗も岡澤さんも悪くないのに。
それでも岡澤さんからすれば、自分のせいで彗がいじめを受けたことには変わりない。
関係もぎこちなくなってしまうだろう。
「だから、いつかCD返すのをきっかけに仲直りできたらいいなって思ってたんだよね」
そっか。彗は、遠く離れたままの彼女との心の距離を取り戻そうとここにきたんだ。
拒まれるかも、そんな不安を抱えながら勇気を出して。
「それが、どうして今日なの?」
私の問いかけに彗は少し黙って、うーんと考える。
「本当は入院したって連絡自体は何日も前からきてたんだけど、勇気が出なかった。
でも……昨日のひなを見てたら、どうしてか今言わなきゃ後悔する気がしたんだ」
「私を見て……?」
「なんでだろうね。俺死ぬのかな?」
冗談めかして笑う彗に、私は笑えなかった。
まずい、ダメだ。笑い飛ばさなきゃ。
『なに言ってるの』って、いつもみたいに軽く言わなきゃ。
そう思うのに顔が引きつって笑えない。そんな私の顔を見た彗は、一瞬表情を失った。
その時、私の頬にぽたっと水滴が一粒落ちてきた。