「お母さんが深山の部屋を片付けてるときに見つけたんだって。
『息子がひなちゃんに宛てて書いたものだからもらってほしい』って、わざわざ持ってきてくれたんだ」
葬儀のときの彗のお母さんの、泣き腫らした顔を思い出す。
亡くした息子が遺したもの。きっと、手紙一枚だろうと手元に置いておきたかっただろう。
だけど彗の意思を尊重するように、私のもとまで届けてくれた。
彗のお母さんの優しさに胸が熱くなり、封筒を両手でぎゅっと抱きしめた。
「……彗のお母さんに、ありがとうって伝えてもらえますか」
「あぁ、もちろん」
ふたつ返事で頷いた先生に頭を下げ、私は学校をあとにした。
帰り道はいつもより少し遠回りをすることにして、ひと駅分を歩きながら彗の手紙に目を通した。
公園前の大きな歩道橋の上、柵にもたれながら読み終えたその手紙には、先日のことへの謝罪と『仲直りをしたい』という旨の内容が書かれていた。
電話もメッセージもダメなら直筆で、という彗なりに精いっぱいの気持ちが伝わってくる。
ここまで想ってくれていた彗と、あんな終わり方をしてしまった。そんな自分がいっそう憎くなった。
今更後悔したって遅い。
だけど、あの日に戻れたら。彗に対して謝って、悔いが残らないくらい想いを伝えるのに。
「……会いたいよ、彗……」
ぽつりとつぶやいた、そのとき。ビュッと強い風が吹き、私の手から手紙を奪う。
「あっ……!」
宙に舞った手紙は、ひらひらと風で飛んでいく。
私はそれを慌てて追いかけた。
待って。
彗からの手紙、なくしたくない。
今更だってわかってる。けど、大切な人だったから。
無我夢中で歩道橋の上を走り、伸ばした手で勢いよく手紙を掴む。
やった、つかまえた。
そう思った瞬間、私の足元には階段があり、思い切り踏み外すと体は段差を転げ落ちていく。
重力に従い体は地面へ向かって落ちる。
コンクリートの階段に何度も体がぶつかって、痛い。ぐわんぐわんと回る視界もそのうち真っ暗になって、周りの音もぼんやりと遠くなっていく。
だけどこの手の中の手紙だけは離しちゃいけない、と必死で手に力を込めた。
遠くなる意識の中、こんなときも思い出すのは彗の顔だ。
彗、ごめんね。
くだらないことで怒って、変な意地張って。
こんなことになるならちゃんと話をすればよかった。
もらった連絡をちゃんと返して、『ごめんね』ってひと言言えばよかった。
神様がいるのなら、もう一度彗に会わせてほしい。
彗が生きてる時間に戻って、彗と向き合いたい。
会いたいよ、彗ーー……。