あぁ、本当に彗はもういないんだ。

もうあのぬくもりは感じられない。
彗の感触は、このかけらひとつでしか得られない。

ようやくそれを実感して、全身から力が抜けた。

手の中に彗のかけらを握りしめながら、ただその場に膝をつくしかできなかった。
それでも涙ひとつ出ないなんて、私は薄情なのかもしれない。

だけど、どうしようもない。
涙なんて出ない。
本当に好きだったからこそ、涙にならない。

悲しい、嬉しい
つらい、楽しい
どの感情も失われて、私の世界から色が消えた。

自分のするべきこととしてやってきた勉強すら手につかず、どうでもいいとさえ感じ始めていた。


彗がいない未来のためにできることなんて、ない。


彗のかけらは、制服のジャケットの内ポケットにしまってある。
小さな巾着の中、この悲しみごと封をするように。



「永井。よかった、まだいた」



学校を出ようと下駄箱から靴を取り出していると、そこに福間先生がやってきた。
先生は私の顔を見ると安心したように駆け寄ってくる。



「なにかありました?進路のことならもう……」

「違う違う。これ渡したくて探してたんだ」



そう言いながら、福間先生は私に白い封筒をひとつ手渡す。



「先生……生徒にラブレターはちょっと」

「えっ!?いや違うよ!これは深山のお母さんから」



彗の、お母さんから……?

意外な相手からの手紙に、私は驚きながらそれを受け取った。
見ると封筒の面には、整った字で『ひなへ』と書かれている。

この字の書き方は……もしかして。


「彗の字だ……」


思わずつぶやいた声に、福間先生は小さく笑った。