「いいよ、大した話じゃないし」
「そう?結構大事な話だったんじゃない?」
普通の人なら気まずくなってしまいそうな話題にも自ら踏み込んでくる。こういうところが彗らしい。
「俺も福間と同意見。ひな本当は文系だし、国語も好きだよね。医者より学校の先生とか学芸員とかが合ってるんじゃないかな」
「そう、かな……」
「うん。それに、ひな自身にもなりたいものがあるんじゃない?」
その問いかけは、答えを知ったうえでのものだ。
過去に、彗だけに小説家になる夢を話したことがある。
書きかけの作品も楽しそうに読んでくれて、感想を熱心に語ってくれた。
その後、父と揉めたことやもう夢を見るのはやめることを話したとき、彗はとても悲しんでくれた。
『もったいない』、『悔しい』。そう何度も言うくらい惜しんでくれた。
それくらい彼は本気で、私の夢を応援してくれていたんだ。
だからこそこうして、福間先生の言葉にも強く同意しているのだろう。
……だけど。
「最後まで読みたかったな、ひなの書いてたあの話。ねぇ、続きまた書いて……」
「やめて」
私は強い口調で、彗の言葉を遮った。
「もうやめたって言ったでしょ。今はそれより勉強しなきゃいけないし……無駄な夢を見てる時間なんてない」
もうこれ以上。この話はしたくない。
そう思い彗から逃げようと私は歩き出そうとする。けれど彗はそんな私を引き留めるように腕を掴んだ。
「無駄?なんでそんな言い方するんだよ。俺は本当にひなが書く話が……」
彗が背中を押してくれようとしているのはわかってる。
だけど、私はそれには応えられない。
父に背く覚悟も強さもない。
だから諦める、やめる。
そう自分に必死に言い聞かせているのに、また夢を見させようとしないで。
そんな思いから感情が抑えきれずあふれ出し、私はその手を思い切り振り払った。
「理解のある親に育てられて、好きに生きられる彗にはわからないよ!」
きっと彗には、自分を理解をしてくれてどんな道を進んでも背中を押してくれる、“普通の親”がいるんだろう。
私にはない、あたたかな家族をもっているんだろう。
そんな彗にはわからない。
どんなに好きでも、理解し合えない。
叫ぶように言ってしまってからはっとすると、目の前の彗は悲しげな笑顔を見せる。
いつも明るい笑顔の彼が初めて見せる表情に、自分が言いすぎてしまったと気付いた。
一気に押し寄せる罪悪感にどうしていいかわからず、私は逃げるようにその場を駆け出した。
……言いすぎた。
彗だって、私のためを思って言ってくれたのに。
受け入れられないどころか、強く突っぱねてしまった。
彗の言葉が優しさからのものだとわかっているのに。
受け止める強さを、私は持っていない。