ずっと父から医者になることだけを命じられてきた、こんな私にも夢があった。

幼い頃から本を読むことが好きで、そのうち勉強の合間に小説を書くようになった。
それは次第に息抜きから楽しみ、生き甲斐に変わっていって、いつしか将来は小説家になりたいという夢を抱くようになっていった。

……ところが3ヶ月ほど前、小説を書きためていたノートが父に見つかってしまった。

初めて父に夢の話ができるかもしれない。
本気で思いを伝えたら、もしかしたらわかってくれるかもしれない。

そんな小さな期待に対し、父から発せられたのは。



『こんなくだらないことに時間を割く暇があるなら勉強しろ』



期待を打ち砕くひと言だった。



『けど、私……』

『まさか、こんなことを将来の夢だとか言わないだろうな。
いつも言ってるように、いい学校に行って医者となり出世する、それが一番いい道なんだ。俺はお前のために言ってるんだぞ』



私のため、そう口にしながらも私の全てを否定して、父は目の前でノートを破いた。

フローリングの床に落ちていく破かれたノートの切れ端には、自分が綴った文字が並ぶ。
悔しいのに、悲しいのに、それを見ても涙はこぼれなかった。

ただ代わりに、自分の中の希望だとか夢だとか、明るい未来が指の隙間からすり抜け落ちていくのを感じた。


そこで改めて実感した。
夢なんて、見てはいけないんだということ。

思い出したことで沈む気持ちを抑えきれず、重い足取りで教室へ向かおうと歩き始めた。
すると突然、背後から背中をポンと叩かれる。



「ひな、おはよ」



その優しい声に振り向くと、黒いチェック柄のマフラーを巻いた彗がいた。
笑みを見せる彼は、寒そうに鼻を少し赤くしている。



「おはよう」

「大丈夫?福間と話してるの見えて、少しだけ話聞こえちゃった」



申し訳なさそうに眉を下げて言う彗に、私は落ち込む気持ちを精いっぱい隠しながら平静を装う。