「あっ、庭の野菜できてる。あとで少し貰っていってもいい?」

「好きなだけどうぞ。またもう少ししたら新しい種まくから」

「やった、楽しみ」



私が顔を洗い終え服を着替えるうちに、柚花ちゃんは早々と片付けを済ませており、庭にある家庭菜園の畑に実った野菜をまじまじと見ている。

この家は、もとは千代さんが住んでいた家だ。

あれから千代さんともしばらく交流があったけれど、5年前から千代さんは近くの介護施設へと入居している。
千代さんの親族が思い出のあるこの家をどうしようかと悩んでいたところ、ここに住みながらこの家を守ることを提案し、住ませてもらうことになったのだった。

日が傾き始めた空を背景に、青くしげる庭を見つめて、柚花ちゃんはぽつりとつぶやく。



「……ねぇ、ひなちゃん?好きな人ができたら、お兄ちゃんや私のことなんて気にしなくていいんだからね」



亡くなった彼氏の写真を家に飾り、その妹と親しく、彼つながりで出会った人の家に住む……なんて、傍目から見れば『亡くなった彼氏に捕らわれている女』なのだろう。

けれど、ちがうよ、と言うように私は柚花ちゃんの小さな頭をぽんっと撫でた。



「私だって縁があれば結婚だってするし、この家も嫌になれば出て行くよ。柚花ちゃんとも合わなければ距離を置く」

「そうなの?」

「もちろん。でも今そうならないのは、私にはいいご縁がないし、この家でのひとり暮らしが性に合ってるから。それに、柚花ちゃんのことを妹のようにかわいく思ってるから」



少し不安げな表情を見せるひなちゃんに、私は笑って言い切った。



「なんの責任感や義務感でもなく、私がしたいからそうしてるだけ」

「ひなちゃん……」



自分の心に従って、自分らしく生きていく。
そんな生き方ができるようになるまで、だいぶ時間がかかってしまった。

だけど、今の私はこれが自分の人生だって胸を張って誇れるから。

柚花ちゃんが安堵したようにはにかみ、「うん」と頷いた。そのタイミングで、家の外からはプッと短いクラクションの音が響く。



「あっ、岡ちゃん来た!ひなちゃん、荷物持って行くよ!」

「はいはい。えっと、財布とスマホとレジャーシート……よし、忘れ物なし」



今日はこれから、夜のドライブだ。
柚花ちゃんと、そしてあれからすっかり仲良くなった岡澤さんと。3人で九十九里浜までドライブをし、海辺で星空鑑賞と朝日を見る。



「彗、いってきます」



棚の上には、写真たてと小さなガラスケースに入れた彗のかけらが並ぶ。
写真の中の彗は、私の大好きな笑顔だ。

その笑顔を胸に抱いて、私は今日も生きていく。
夜空に浮かぶ、あの星のように輝いて。



end.