「……終わらないで、ほしい」



ひなを待つ駅の中、ひとりぽつりとつぶやいた言葉は誰の耳にも留まることなく消えていく。

壁に寄りかかったまま辺りへ目を向けると、手をつなぎ幸せそうに笑う同じ歳くらいの男女が前を通り過ぎていった。
明日が必ずくると信じて疑うことのないふたりを見て、俺は上着のポケットの中に入れたままの手をぐっと握る。



……俺にも当たり前に、明日がくればいいのに。



いやだ、消えたくない。
死にたくない。
みんなと、ひなと生きていたい。

恐怖、悲しみ、悔しさ。いろんな気持ちで心がぐちゃぐちゃになって、正気を失いそうになる。
今にもここで膝をついて、泣き叫んでしまいそうだ。



……だけど、ダメだ。

俺がこの気持ちを口にしたら、ひなが余計つらくなる。
だから笑顔で、終わらせるんだ。

ちゃんと伝えたい言葉を伝えて、終わらせる。

現実は変わらないから。
それならせめて、きれいな思い出を残したい。

目尻を微かに濡らした涙を手の甲で軽く拭うと、俺は深呼吸をして心を整えた。



「彗」



そのタイミングで名前を呼ばれ、俺は笑顔で顔をあげた。



「ひな」



ひなと過ごす、最後の夜。
この日々が、いつかのきみの希望になりますように。