けれど、俺が死ぬとわかっていることをひなに伝えることはできなくて。俺はなにも知らないふりをしてひなと残りの時間を過ごすことを決めた。
その日まで、後悔なく過ごせるように。
そして、ひなが元の世界に戻ったと気に前を向いて生きられるように。
俺にできる限りのことをしようと、決めた。
そんな思いで過ごしたこの日々は、ひなと付き合ってからのこの半年間より濃い時間となった。
なにより、初めて知るひなの一面がたくさんあった。
俺と岡澤のために、雨の中走って声を張り上げてくれる。
千代さんのために、未来を約束してくれる。
父親に向き合い気持ちを伝えることもできたし、柚花にも背中を押すような言葉をかけてくれた。
ひなのことを知ると同時に、自分のことを知られるのも少し気恥ずかしかった。
中学時代のこと、千代さんとのこと、家庭のこと。
他の誰にも言ってこなかったことを、ひなには知られてもいいと思ったし、知ってほしいと思った。
『彗は頑張ったよ、ううん、今も頑張ってる。彗が選んだ道はきっと間違ってない』
そう言って抱きしめてくれたひなに、彼女でよかったと心から思えた。
この短い期間でひなは、少しだけ強くなった気がする。
前よりも顔を上げて、笑うことが増えた。
逆に、俺は少し弱くなった気がする。
このまま、世界が続いてほしい。この世界が夢だというなら夢のままでいい。
そう、何度も何度も願ってしまうくらい。
だけど心はちゃんとわかっている。
これが、いつか醒める夢でしかないこと。