そのまま2ヶ月、3ヶ月と時間が過ぎ……ある冬の日の朝。
1組の担任とひなが話しているのをたまたま見かけた。

こっそり聞き耳を立てると、担任はひなに医学部ではなく得意な文系に進んでみてはどうかと促していた。
けれどひなはそれに対し聞く耳を持っていないようだった。

いや正確には、『それ以外の選択肢は用意されていない』といった様子だ。

本心を押し殺す小さな後ろ姿を見て、俺はつい抑えきれずに気持ちを伝えた。



『それに、ひな自身にもなりたいものがあるんじゃない?』



けれどその結果ひなを怒らせてしまい……そこから一週間、ひなと話すことはできなかった。

怒らせたかったわけじゃない。ただ、ひなが黙って夢を諦める姿を見ていられない。

ただそれだけを伝えたいだけなのに、学校ではそもそも話しかけられないし、メッセージも電話も無視だ。



『はぁ……』



バイト終わりの日曜夜。
自転車にまたがり赤信号で止まっていた俺は、今日も連絡の返ってこないスマホを見てため息をついた。

嫌われたかな。
このまま、終わってしまうのだろうか。
ひなも悩んでいたんだろうに、なんでもっと上手く伝えられなかったんだろう。

悔しさをこらえながら空を見上げると、冬の夜空には星が浮かんでいる。
けれど一番強く光るシリウスも、この街の灯りで白けた空では見えづらい。



……そういえば、昔一度家族旅行で行った九十九里浜が、星がよく見えたな。

朝日が日本で一番早く見られる、と聞いて頑張って起きてようとしたけれど、結局柚花と寝てしまって見られなかった思い出がある。



いつか、ひなと見たかった。

そう思った瞬間。突然強い光が俺を照らした。

けたたましいブレーキ音とクラクションの音が一斉に俺に向かって突っ込んでくる。
なにが起きたか、それを把握するより先に体に強い衝撃を受け意識が飛んだ。



真っ暗になった世界の中、周りの喧騒が遠くに聞こえた。

沢山の人の声やサイレンの音の中、『大丈夫ですか!』と呼びかける声がする。
いつも通り笑って応えたいのに、全身がひどくだるくて声ひとつ発せない。

最初は全身がズキズキと痛み苦しかったのに、そのうち痛みすら鈍く遠くなっていく。
その感覚に、あぁ、このまま死ぬんだと察した。