思えば誰かを好きになり付き合うなんて初めてだ。
中学時代は家庭環境もあり、誰かを好きになるとかそんな余裕なんてなかった。
告白されても付き合う気持ちにもなれなかったから断っていたし、そのうち告白ムードにならないようにと相手の好意に気づいても見えないふりをするようになった。
そんな自分にとってひなへの気持ちは初めてのもの。
緊張する、ちゃんとエスコートできてるかな、ひなは飽きていないかな。
いろんなことを考えるだけで精いっぱいで、キスひとつできないままデートは終わってしまった。
どうしたらもっとひなに近づけるだろう。その心をちゃんと知ることができるだろう。
そう思っていた二学期の始め。
ある日偶然、ひなが小説を書いていることを知った。
俺が倒してしまった、ひなの鞄の中に入っていた一冊のノート。そこにはびっしりと文字が書かれており、よくよく読むとストーリーがつづられていた。
俺は元々勉強は苦手で、漫画以外本を読むことも滅多にしない。
けれどそんな俺でも、楽しいと思ってどんどん読めてしまうような内容だった。
きっとプロや大人が書く文章と比べればまだ幼く拙い文章なのだろう。
でも俺にとっては、ひなが自分に語りかけてくるような感覚で、読んでいて心地よかった。
温かな内容が、これまでで一番ひなの心に触れられた気がした。
それから、ひなが少しずつ書き溜めた話を読んだり、登場人物について語ったりすることが増えた。
少し気恥ずかしそうに、けれど熱心に話す姿から文を書くことが本当に好きなのだろうと知った。
ところが、ほどなくしてひながひどく落ち込んでいることがあった。
聞けば父親に小説を書いていることが知られ、激昂された末にノートもやぶられてしまったのだという。
『もう、やめるよ。来年には受験だし……現実、見なきゃ』
諦めたように言うその目に光はなく、再び心を閉ざしてしまったように見えた。
そんなひなを励ましたり、勇気づける言葉ももっていない俺はどうにもできなかった。
どうしたらいいだろう。なんて言えばひなに伝わるんだろう。
下手なことを言ってこれ以上傷つけたくない。
臆病な気持ちばかりが、ぐるぐると頭を巡った。