2年生の今でこそクラスは離れたけれど、1年生の頃、彗とは同じクラスだった。
彼は入学当初から『格好いい人がいる』と学年中で噂の的になっており、いつも人に囲まれている存在だった。
見た目が整っているだけでなく、明るくて面白く、ムードメーカーとはこういう人のことを言うのだろうと思った。
彗との接点なんて同じクラスにいる同級生、ただそれだけ。
友達もまともにつくれない自分とは違う世界の人だと思って距離を置いていた。
そんなある日、朝の始業前に彼から声をかけられた。
『永井さん、今日日直だよね?数学の山田から伝言で、授業前にプリント取りに来てほしいって』
初めて話す相手にもかかわらず、彗は目を見て笑顔で言う。
そんな彼の距離感に戸惑い、私はそっけなく『……そう』とだけ答えた。
それに対し、眉をひそめたのは彗とともにいた同じクラスの女子たちだった。
『なにあの態度、感じ悪』
『私たちとはレベルが違うってことでしょ。バカにしてるんだって』
私の態度が気に入らなかったのだろう。
聞こえるくらいの声量で私のことを話し始めた。
『先生たちが話してるの聞いたことあるけど、永井の本命って開帝高校だったらしいよ。でも受験失敗してうちにしたんだってさ』
『えー、かわいそー』
バカにするように言って女子たちは笑った。
受験失敗したのは事実だけど、精いっぱい頑張った結果をこんなふうに笑われて、惨めで恥ずかしく、カッと顔が熱くなる。
顔を上げられず机に俯いているしかできなかった。けれどそんな空気を破ったのは彗の明るい声だった。
『えっ、開帝目指せるってすごくない?』
きょとんと言った彼に、女子たちは反論する。
『え……でも落ちてるしすごくないでしょ』
『あそこ超名門の私立校でしょ?俺が目指したいとか言っても先生や親に止められるって。無謀すぎる、って受験なんて受けさせてもらえないよ』
彗の言葉に、その場の誰からも『そんなことないよ』なんて言葉は上がらない。むしろ『確かに』と納得してしまう程度には彗の成績は悪いのだ。
『普段も放課後に図書室で勉強してるのよく見るし、永井さん頑張ってるんだよね』
そんな中で彗が言ってくれたひと言が、じんわりと心に沁みた。
話したこともない、眩しい彼とは真逆の人間。そんな私のことを知ってくれていて、頑張りも見てくれている。
実の父親からももらえない『頑張ってる』の言葉に、泣きたくなった。