「夜倉ひとみ」

 担任に大きい声で呼ばれて、夜倉は立ち上がる。

「夜倉。数学の小テスト前より点数上がったなぁ。なにかあったのか?」

 担任にそう言われて、夜倉は気づく。

 なにかあった?

 いや、何もない。

 数学の小テストがあるから、必死で勉強しただけなのに。

 点数が上がるだけでそう言われるのはなんか嫌だ。

「……っ、夜倉いいよな。少し点数上がっただけで先生に何か言われるんだから」

 男子クラスメイトは友達と夜倉の方を見て、コソコソと言っていた。

 男子クラスメイトの右隣なので、声は聞こえてくる。

 聞こえるように言っているのが丸わかりだ。

 夜倉は両手で持っていた小テストのプリントを片手でぐしゃとしてから、プリントを見続けた。

 聞こえた話し声をかき消すようにプリントを握りしめて、音のない世界へ脳内に導いた。

 嫌なものはこの匂いで消すと決めている。

 バニラアイスの匂い。

 甘くて甘くて、苦みのない匂いは甘い世界だけと勘違いしてしまうほどあまい。

「……っ…師匠!」

「え? 昼越?」

「うん? なんでいんの」

「本気で言ってます? 時計見てください。ほら」

 昼越は教室にあった時計を指をさしていた。

 見ると、放課後になっていて、一六時過ぎていた。

 バイトの時間は一七時。

 やばい。早くいかないと間に合わない。

「昼越。また明日な」

 夜倉は立ち上がり、鞄を片手に持ち、走る。

「え? 師匠!」

 昼越に名前を呼ばれたが、構わずに走り続けた。

 走る中、フッと思ったのが、なんで昼越が夜倉の教室にいたのだった。

 あとで聞けばいいか。

 地下鉄に乗り、仙台駅から職場であるゲームセンターは歩いて一五分はかかる。

 今、四十五分。ギリギリだ。