「俺はよっちゃんがくれるものならなんでもいい。むしろくれるなんて思ってもみなかったから。嬉しいの一言だよ!」

 朝谷はまた香水をつけて、匂いを嗅ぐ、犬のように走り回った。

「俺………香水好きになったのは父がつけてたからなんだ。いつも。仕事を頑張れるように毎度違う香水つけてさ………」

 夜倉は立ち上がり口を噤んで、あの時のことが蘇る。

 父は過労で亡くなった。

 働いていた会社は父が過労で亡くなったことを隠蔽しようとした。

 それに情緒不安定な母は対抗した。

 裁判沙汰までなって、勝つために弁護士と話したりして、大変だった。

 海外にいた兄は父が亡くなったことを連絡しても、一切連絡がこなかった。

 夜倉はなにか母の手伝いができないか、メンタルが不安定な母と話したりして、夜倉は母をほんの少しだが支えた。

 それを見た母は頑張っていた。

 会社や弁護士の人と会ったりして、いろんな人がいた。

 夜倉は誰かと会う度に、会った人の匂いがやけに匂っている。

 母に聞いたら、加齢臭?とかかな。でも、そんなしないわよと言っていた。

 父が過労で亡くなったことでいろんな人と会う機会が増えたことからか、もしくはストレスを感じていたのかは分からない。

 病院に行っても、なんの病気かさえ診断されなかった。

 夜倉はひとりでこの匂いと闘っていた。

 酸っぱい時もあったり、甘い時もあったり、辛かったりしたり、しょぱかったりした。

 どの場面でどんな匂いになるかは分からない。

 だから、人と会う時は目を瞑ったり、匂いを察知しないようにした。

 ひとりの世界でいた。ひとり。

 幼いながら自分なりに調べたり、いろいろやってみた。

 けど、何もかもダメだった。

 そんな時、バニラアイスの香りをした香水を父が持っていた香水をつけていた。

 嗅いだら、ひどい匂いがなくなった。

 匂いが敏感になってから、10年経っていた。

 15歳の時に知った。

 バニラアイスの香りで匂いは消えた。

 今は人が多い時とかで対処している。

 まばらな人やぎゅうぎゅう混んでなければいい。

 地下鉄の中は人がいるがなぜか大丈夫だが、多すぎる時は手の甲にスプレーしている。

 予防対策は欠かせない。

 気持ち悪くなったりしたら、瓶ごと匂いを嗅ぐ。

「俺が5歳の時に父が亡くなって以来、息もできなくなった俺を母がバニラアイスの匂いがする香水、父が持っていたものを嗅いだら、一気に呼吸ができるようになって。それ以来、バニラアイスの匂いを嗅ぐと、いろんなものが鮮明に見えるようになった。人の匂いがあるのはまだ難しいけど……。バニラアイスの匂いがあったから今がある……あと、朝谷がいなかったら俺、もう駄目になっていたかもしれない……だから、ありがとう」

 前髪をあげて、夜倉は朝谷の目をしっかり見据えた。

 夜倉の目は大きな黒目でイイ香りが抽出されそうだった。

 見るだけで何かが出てきそうだ。

「そっか…そうだったんだ。よっちゃん。俺の匂いは大丈夫なん?」

 朝谷は夜倉に近づいて、朝谷の匂いを嗅がせようと近くに寄る。

「大丈夫……朝谷の匂いは心地よい。朝谷言ってないことがある」

 夜倉は頷き、朝谷の視界に入る。

「なに?」
 
 朝谷は首を傾げて、夜倉に聞く。

「朝谷。俺、朝谷のこときちんと好きだよ」

 夜倉は朝谷がもらった花をコンクリートに置いてから、真正面に向き合う朝谷に素直に好きと伝える。