夜倉は後ろに振り返り、聞き返す。

 熱気のせいか、今この感情が高ぶっているせいか、身体が暑い。

「いや……何もない……」

 朝谷は夜倉に何も用はないが、引き留めたかった。

 数分間、黙って見ていた朝谷と夜倉。

 お互い向かいあったあの瞬間、忘れたくない。

 今いなくなったら、元の関係に戻ってしまいそうで怖かった。

「じゃあ、行くね」

 夜倉は手を離して、冷たい眼差しで睨みつけてPARCO2へとの方向へ向かった。

 階段を上る夜倉の後ろ姿を。
 
 人混みの中、猫背気味に歩いて、後ろ姿が見えなくなるまで見守った。

 交わることはないのか、このほどよい距離感がちょうどいいのか。

 もっともっと……近づきたい。

 知りたい。話したい。

 よっちゃん。

 家族や夜倉が話したことのないことまであらゆることが知りたい。

 知りたいよ、よっちゃん。

 ここから走って、抱きしめて、お互い頑張ったんだと讃えたい。

 心から笑って、思い出して泣いて。

 感情を共有したかった。

 朝谷と夜倉しか知らない事実や悩んだことを話したい。

 泣きそうになる朝谷はグッと堪えて、この想いを心の中で言い尽くした。

 仲良くなりたい、話したい、知りたいという思いは朝谷だけなのか。

 この距離感は朝谷にとって、ムズムズしく感じた。

 沈黙が数秒続いたあの空間は朝谷だけが感じている感情なのか。

あの空間だけが二人の空間だったのは………

ため息を吐いてから、朝谷は仙台駅に向かった。