そう言った後に朝谷は駆け足でやべぇと言いながら自分の教室へと戻っていた。

 朝谷のクラスメイトがドアの扉を掴んで、おい、早くしろよ。先生来るだろうと言っていた。

 朝谷はんだな、ギリギリ間に合ったと嬉しそうに話していた。

 生徒たちは急いで自分の教室へ戻っているのに、夜倉は焦ることなく、駆け込んでいる生徒を傍観するように立ち尽くしていた。

 あいつは友達が多くて、友達が少ない夜倉とは接点もなかったのに恋人になりたいと言われて、本当に恋人になりたいはずがないと思っている夜倉がいる。

 それでも、恋人になりたいというのは本心で言ってくれたのかと信じたい夜倉がいる。

 友達ではなく、恋人として関わりたい朝谷に夜倉はどう答えればいいか困っていた。

 いや、困っているのではなく、夜倉の気持ちがまだ綿あめ状態だからだ。

 フワフワで空に浮かびそうな綿あめを手で掴んで、砂糖のザラザラが手の中に残り、手の中はベタベタだ。

 ベタベタの手を握り返したけど、形も何も残っていない。

 残ったのは残ってほしくないベタベタな感触だけだ。

 ベタベタな感触さえ信じてもいいのかと錯覚を起こしてしまう。

 違うのに……

 それを信じてる俺がいる。

 落ち着け、俺。

 自分の胸を押さえて、自分自身に鼓舞する。

 ただ肯定的な言葉をもらえたからだ。

 絶対に違う。

 夜倉は自分自身を言い聞かせるというよりも違うと否定を繰り返した。

 それで言葉を飲み込み、何もなかった。

 ただ話しただけと思い、ルーレットを回して、普段の無表情な自分を当てた。

 目も笑っていなくて、夜倉の世界はこのままでいい。

 元の自分に戻ったのだ。

 これが本来の自分。

 くるりと踵を返して、教室へとゆっくり歩いた。

 後ろ姿の夜倉はどう映っているだろうか。

 多分、猫背で自信なさげな背中をしている。

 それが自分なんだ。夜倉の世界はそう回っている。