朝谷は食べることに集中していたはずが、隙を狙って、朝谷が座っていた椅子を夜倉の方に近づけて、夜倉と朝谷の顔が至近距離にあった。

「近い。まだ食べ終わってないから……」

 夜倉は何故か言葉に詰まった。

 言い返さない。こいつの返しは無視。何も聞こえない。そう、聞こえているのはただの音。

 そう、音。オト。人の音よりも騒音よりもいい音。

「よっちゃん! よっちゃん! 聞いてる?」

 夜倉は一瞬どこかに意識が飛んで、戻って来た時は先ほどよりも朝谷の鼻に触れそうなくらい近く、朝谷の顔面が目に映る。

 黒目が小さくて、肌はツルツルで笑った顔には嘘も曇りもない。

 音。オトなのに朝谷の声だけが頭に響く。

 夜倉の地面だけが地響きが起こっている感覚だ。

 なんだ、これは違和感。

 夜倉の周りから重いものが落ちてきたり、動いていたりする。

 これはもう分からない。

 自分の世界は香水で成り立っているのにこんなの訳が分からない。

「……失礼する」

 夜倉はまだ少し残っていたおかずやご飯をトレーを両手に持ち、受取口でトレーを置いて、早足で教室へ戻る。

「なんだなんだ、なんだー!!」