香水だけあれば、俺はいい。

 それだけが唯一の救いだ。

 香水がなければ、俺は生きていない。

 夜倉は脳内で考えながら、過去の記憶がよみがえる。

 一瞬、仕事場ということを忘れて、過去にあった出来事が今でも鮮明に覚えている。

「ここにしよう。ねぇ、これこれ」

 学生集団が来たのか大きい声が店内中に響き渡り、現実に戻される。

「……っ、いらっしゃいませ」

 夜倉はお客様に愛想笑いで言葉を返す。

「ふぅ……」

 夜倉はため息をついて、仕事をする。

「夜倉くん。どうした?」

「え?」

「いや……夜倉くん。違う世界にいたから。呼んでもいない気がしたから」

 店長は夜倉の雰囲気を感じたのか夜倉の存在がないように見えたらしい。

 思考というのは恐ろしい。

 考えるだけで自分が感じているものが出せるのか。

「……すいません。大丈夫です」

 夜倉は笑うのではなく、真顔で何事もなかったように対応する。

「…そっか。なら、いいんだ。じゃあ、仕事戻っていいよ」

 店長はニコッと微笑んで、持ち場に戻っていた。

「……ふぅ…」

 二度目のため息を吐いてから、中に固まっていたコインをばらかせた。