「奈津さん。これ、新しい着物。少し高かったけど仕入れたんだ」
同僚の職場の先輩が赤の着物を着ている奈津に話しかけられる。
「へぇ、いい色合いですね。人気出るんじゃないですか。今、淡い色あいとか人気ですし」
奈津は職場の先輩に頷いて、優しいトーンで言う。
「だよね。楽しみだな」
私、奈津はイオンモール内にある店舗の着物屋で働いている。
店員は8名ほどいて、人間関係はほどほどによく、プライベートには介入してこない。
いや、させないようにしている。
そういう話になると、夏津は持論を口に出す。
「えーと、今っていろんな要素があると思いますし。事実婚やパートナーの関係性とかいろいろあると思うし、形は人それぞれですよね」
などとぶつける。
すると、皆、黙るので何も言わせないようにしている。
だが、一つ問題がある。
着物屋だから分からないが、私服になるとひどく言ってくる輩がいる。
夏津は心の中で女性輩と呼んでいる。
その人は、口が悪くて、着物のことはべた褒めなのに私服になるとやっかいだ。
「ねぇ、奈津さん。今日の着物素敵ね。いいじゃない。私服より」
職場の中で年配の女性職員がいるが、この人が女性輩である。
私服よりってなんだ。
ってか、毎日、その言葉から始まって、仕事が終わると明日はどんな服装かと文句なのか挑戦状なのか少し声高めで言ってくる。
「ありがとうございます。では」
奈津は愛想笑いを浮かべて礼をして、仕事に戻る。
毎日これだ。
あとは特に話さないし、深い話までしない。
仕事でそんな話になると、パワハラ・セクハラとなる世の中の現状。
今や、彼氏がいるの? 結婚はしないの?はNGだ。
もはやそれがセクハラに値するし、自分の仕事量を超える仕事をするとパワハラになる。
今の世の中、雑談というより仕事がなんとかなればいいみたいなところがある。
仕事以外の話はしないし、プライベートの話はもはやセクハラ以外の何物でもない。
奈津もあまりそんな話はしたくないので年配女性職員には困っている。
職場に言うほどではないが、やたらとモヤモヤする。