「俺って、部に居ていいのかな」
「勿論。辞めるなんて僕が許さない」

 太田の着替えを待ってる間、部室の天井眺めながら俺がポツリと漏らした独り言に『いいの』かなって言い終わらない内に鋭い視線と言葉が隣から飛んできた。

「どうしたんだ? 何かあったの?」
「い、いや何も無いよっ。なんとなく思っただけで、別に本当に辞めようと思った訳じゃ」

 矢継ぎ早の質問攻撃にたじろぐ。圧が凄い!
 太田と”ズッ友”歴が二ヶ月を超えた。最近じゃ一緒に居る事が当たり前になりつつある。肩がぶつかる程にじり寄られ、心配そうに顔を覗き込まれて息がかかる。
 二ヶ月でどんどん物理的な距離も最近付いてる。こいつは無意識なんだろうけど。

「簡単に辞めやしないさ。火村先輩のお言葉があるし」
「ひむら?」
「おい、火村さんだけは呼び捨てすんな!」
「『近藤』は怒らないのに……」

 珍しく声を荒げてしまい、シュンとしつつも、口をとがらせてブツブツ言ってる。やっぱり近藤の呼び捨てはわざとだったのか。

「怒鳴ってごめん。だけど火村さんは俺にとって一番の尊先だからさ」
「どんな人だったんだ?」

 火村さんは俺が一度目の一年の時に三年で卒業したから、太田は会った事がない。

「そりゃ神先輩さ。包容力許容量海だったー」
「へえ、そう」

 先輩の思い出を語ってたけど、真横からジト目の視線が刺さって俺は我に返った。
 イライラし出してるはずだ。本人無意識の嫉妬を煽ってしまった。俺は何とか太田のメンタル軌道修正を試みる。

「太田、俺と一緒の部で嬉しいか?」
「うん。初めて上城さんここで見たときから僕はずっと嬉しい。今仲良くなれて百倍嬉しい」
「お、おう」

 今日も無自覚な熱烈告白を食らって、心臓に悪い。
 
「じゃあ太田も、火村さんに感謝しなきゃ。俺が去年辞めるつもりだったのを引き留めてくれたんだから」
「うぅ……」

 悔しさを飲み込んだのか苦虫噛みつぶした様な顔をしながら、大きく頷いた。

「今はさ、出来ないけど……昔は俺だって縦横無尽で、守って投げて」
「どこ、だったんだ?」
「センター」

 恐る恐るポジションを聞いてきた太田の様子で気付いた。二人でこんな話をするのは初めてだ。
 コミュ力不足のノンデリカシー男と思いきや、仲良くなるにつれ意外な一面も感じる。
 俺に対して、勉強しろとは五月蠅く言われるけど、今まで野球の話はあまり振ってこなかった。なんとなく太田なりの気遣いなんじゃないかと思う。

「返球ノーバンでキャッチャーにレーザービームだし、中学ん時なんて『守備範囲広すぎて両翼要らないねー』って言われたもんよ」
「……」
「って、話盛った!」

 俺の冗談と乾いた笑いをスルーして、太田は神妙な表情で着替えの手を止めている。

「で、火村さんは高校入って同じポジションの先輩で色々世話になって。病気でもう出来ないだろうって思ったとき、退部の話をしたら『お前が野球を好きな間は辞めなくていいんじゃね』って言ってくれて」

 先輩の口真似をして太田に思いで話をした。火村先輩はあくまで軽く、だけどはっきり返事をくれた。
 俺はその言葉に甘えて、留まった。
 
 俺も火村先輩に習ってあくまで軽く太田に経緯を説明した。
 だけど太田に笑顔は戻らす、神妙な顔をしたままだ。
 俺はこの部室に漂う重い空気を一掃するが如く、話の舵を切った。


「そういえばさ、太田は何で野球始めたんだよ?」

 話を変えたくて思わず出た質問だけれど、今まで聞いた事がない話だ。純粋に興味がある。団体行動が苦手なのに、何故野球?

「生まれて初めて、上手く出来ない物だったから」

 暫く沈黙の後、太田がゆっくり答えてくれた。

「どういう事?」
「僕……小さい頃から、勉強でも他の習い事や、スポーツも何でも出来て」
「へ、へえ」

 神童自慢してる訳じゃ無いのは解る。本当なんだろう。だけどあまりにも正直な自己申告すぎて、少し笑ってしまう。
 こういう所が、浅い付き合いの人間には理解できないんだろう。
 俺は、太田に対しては憧れの火村さんに負けない位、許容範囲海になれつつあるけど。
 
「唯一上手く出来なかったのが野球で。悔しくて、やり始めた」
「そうなんだ。じゃあ何でピッチャー?」
「……それは、憧れがあるから」

 太田の憧れの選手? いるのか? 俄然興味がわいてきた。

「じゃあさ! 今度、一緒に行こうよ! 太田の憧れの投手見に。まだ現役? 海外?」
「日本で現役、だけど」
「だったら近くの球場に来たりしないかな?! セパ違っても交流戦とかあるし、スケジュール調べないと。久々だなあ観に行くの。チケ取って何月くらいになるんだろ」
 
 気持ちが逸って、俺が携帯で今シーズンの日程表をググりかけていたら、太田の一言で手が止まった。

「今から、行けるけど」
「は?」