「え? 俺も?」
バッティングを終えた太田から、徐にバットを差し出された。
圧に負けて黙って受け取る。バッティングセンターも打撃自体も久しぶりだ。設定ボタンで速度を変えようとした手を止められた。俺も最速勝負しろって? 親戚の変わり者叔父さんの系譜を確実に継いでいる太田にまた負けて、マックス速度と勝負することになった。
球が唸りをあげてすり抜けたあと、何拍が遅れて俺のバットが空を切る。
何度振っても追いつく気配がない。
「だから無理だって」と懇願しても太田は俺の無様な姿を見つめ続けてるのに、終わらせてはくれない。紳士で優しいかもなんて前言撤回。その前に野球の鬼じゃん。
甘えて終わらせる作戦を失敗した俺は、スイッチが入った。ホームランの的は無理でも昔だったらまぐれで何度も当てていた。やってやる。
バットをちゃんと握り直し、一球見送りフォームを整え、素振りをして再び太田憧れのマシーンに挑んだ。
「やっと、当たったぁ〜」
俺は、勝った。
肚を決めて本気で挑みだしてからずいぶんかかったけど、なんとか打てた。
勝った、とはいえ太田の様にホームラン的に命中なんてものじゃなく、何とかバットに当てたレベルで。打球はポテンヒットの様に緩い放物線を描いて落ちた。
だけどめちゃくちゃ嬉しい。白球に集中したのも久々だ。
俺がバットをおろしたと同時に剛速球を繰り出す機械も止まった。
「見たか! 太田、」
俺は振り返り、スパルタコーチに歩み寄った。
太田は笑顔で迎えてくれるのかと思ったのに、なんでか真面目面で仁王立ちしてる。
「身体、大丈夫か? 手は? 何処か痛くないか?」
「えっ?! なに?」
俺が太田の元に帰るなり、身体を抱えられて手を摩られ驚き戸惑う。
確かに疲れたけど、アドレナリンが出てるからか元気だし、不調な態度も出してない。
急に太田の体温と優しく触れてくる指の感触に、今の方が身体に変調きたしてる。動悸がする!
「だ、だいじょうぶだからっ。それに、お前がさせたんだろ!」
「そうだけど、こんなにかかると思ってなかったし、上城さんが心配で胸が苦しかった」
「具合悪くなってないし、長くても楽しかったから」
「そうか」
太田の肩越しに見える受付から、おじいちゃんが顔を出してる。俺は厳しかったり過保護だったり良くわからない太田を宥め、何とかスキンシップから解放された。
力強く抱きとめられた肩から摩られた爪の先まで痺れてる。
「身体は大事にして欲しいけど、打てるなら打ってて欲しい。
他、何も出来なくていい。走ったり球捕ったりしなくていいから」
太田の言う事、最近誰より理解出来るようになったって、たかくくってたかも。
全く意味が解らないことを、真剣な顔して言ってきた。どういう事?
「僕、上城さんと仲良くなれてから、夢が出来たんだ」
「夢?」
「上城さん、一緒に試合に出よう」
「は? 何をふざけたこと言ってんの? この俺が試合に? だからバッティング頑張れって? いくら打つだけ出来たってDH制なんて無いし、うちの部代打代走出す余裕ないし……正直グラウンド出たら、俺だってセンター守備行きたいよ……」
普段考えない様にしてるのに、試合想像させる様な事言うから、本音が出ちゃった。
「解ってる。だから、俺が絶対上城さんを試合に出してやるって、決めたんだ。
もっとすごい球投げられるように頑張る。上城さんが俺の背中にいてくれてたら出来る気がする。立ってるだけでいい。
絶対に打たれないから。球を後ろに飛ばさせやしない。
僕と上城さんは三年間ずっと一緒に居れるしチャンス一杯ある。一試合でも、一イニングでもいい。
それが僕の、新しい夢」
「太田……」
俺はその場で、我を失って声を上げて泣いてしまった。
去年から今までいくら辛いことがあっても押し込めて来た。治療も制約も甘んじて受け入れて、親や友達に心配かけちゃいけないし、案外楽しい毎日だし、我儘言わなくても幸せで。
太田が語ってくれた”夢”で、俺の何かが決壊してしまい、感情が溢れ出して止まらない。
おろおろしてまた苦しそうに心配しだした太田、子供のように泣き止まない俺。
そんな二人の元に何事かと受付のじいちゃんが飛んできて、コンビニや街の自販では見たことのない炭酸ジュースをくれた。