帰り支度が出来た太田に連れられ、夕暮れの中、初めて二人で出掛ける事になった。

 今日はいつもと違う線のホームに立っている。
もうすぐ夏の予選が始まるとか、明日も学校があるだとか、俺はマネージャーの手伝いくらいしかしてないけど腹が減ってるだとか、色々あるけど全部うっちゃって着いて来た。
 太田は俺が「行きたい」というと、躊躇無く歩き出した。太田は俺と出かけるのを嬉しそうにしてくれている。無自覚だろうけど、幸せそうで下手くそな笑顔を浮かべている。
 多分俺が誘って断る事は、無いと思う。
 唯一の心配事もなくなっただろうし。期末で俺が欠点免れたから。俺に対して太田は大甘だけど、『部活停止を招く事だけは許さない』と言っていたから。

 太田の憧れのピッチャーに会いに行く為に、言われるがまま切符を買った。
 初乗り運賃だった。ここからそんな近距離に野球場はない。何処に行くのか皆目見当が付かない。だけど俺は言いなりで質問もしていない。黙ってついて行こうと決めた。
 聞きたい事が多すぎて、喋るのが疲れそうだし、もう行ってみたほうが早いだろう。
 よく解らない目的地だけど、隣でチラチラ見てくる太田とのお出かけに、ワクワクしている俺がいる。
 
あまり乗ったことの無い単線の電車が来た。夕方のラッシュ時間だけど混んではいない。乗るなり俺の肩を引き寄せ誘導し、あいてる席に座らせてくれた。
 混んではないけど、空いても無い車内で太田は俺の前でつり革に掴まり立った。
 見上げると、見下ろしてくる太田と目が合い続けた。なんだか恥ずかしくなって俺は俯き爪を見てる。
 もう俺は太田を見ては無いけど、つむじに視線を感じ続けてる。頭のてっぺんが熱い。
 代わり映えしない自分の爪に見飽きた頃、俺の視界に綺麗な爪と指が視界に飛び込んできた。
 
 想像外だったヒンヤリしている指で、手を優しく摩られびっくりして顔を上げると、同じ高さで目が合って更にびっくりした。

「具合悪いのか?」

 わざわざかがんで顔を覗き込まれて、思っても無い事を問われ、大きく首を横に振った。
 具合なんて悪くない。調子が狂ってるだけだ。
 いつも上り下りで家が分かれているから、一緒に電車に乗ったのも初めてで、こんな恥ずかしいくらい大事に扱われる車両内の俺に慣れてないから!

「げ、元気だよ!」
「よかった。もうすぐ着く」
 
 心配そうな顔からの見た事の無い破顔を食らって、立ち上がった途端電車の揺れと共によろけた。
 人目を気にもしない太田の細いくせに力強い腕に抱きとめられ、俺はなすすべも無く見知らぬ駅に降り立った。