朝食のあと、暦は自室でほうじ茶を飲んでいた。
小ぶりの土鍋で茶葉を焙煎し、沸騰した熱い湯で一気に淹れるのが暦流。
初めて春子と夏美にほうじ茶を振舞った時、『こんなに美味しいほうじ茶初めて飲みました!』と感動してくれたのを、暦は今でもハッキリと思い出すことができる。
毎日ではないが、ダイニングに菓子を持ち寄って三人でお茶を楽しむのも、暦に取って幸せな時間だった。
最新の流行にくわしく味にもうるさい春子は、デパ地下で話題の菓子や、季節限定のコンビニスイーツを持参して、おすすめポイントまで事細かに説明した。
逆に食にあまりこだわりのない夏美は、好きなアニメキャラのシールやカード目当てに大量買いしたグミやスナック菓子の消費を、アニメの魅力を解説しながら春子と暦に手伝わせた。
暦はその時々の季節に合った手作りの菓子を振舞いつつ、ふたりの話に耳を傾ける役。
コロコロと表情を変えてマシンガントークを炸裂させる春子も、彼女の書く文章とは違い現実では口下手、それでも好きなものを語る時だけは瞳をキラキラさせる夏美も、暦は微笑ましくて仕方がなかった。
話を聞いているだけで彼らの若さやエネルギーを分けてもらえる気がしたし、時折老婆心でアドバイスをしたりすると、『さすが暦さん!』と感心してもらえるのも素直にうれしかった。
それなのに、たったひとりでほうじ茶を啜る今の暦の表情は冴えない。
(新しいルームメイトを探すべきかしら……?)
彼女はこのところ、何度も同じことを考えていた。春子のことも夏美のことも、同居を始めた時よりずっと好きになっているし、信頼もしている。
だから本音を言えば、彼女たち以外とうまく暮らせる自信はない。
春子と夏美はあまりに〝うってつけ〟だったのだ。暦の心にぽっかりと空いた穴を埋めてくれる存在として、彼女たち以上の適任はいなかった。
しかしどうやら、ふたりは揃ってこの家を巣立とうとしている。
先にその兆しを見せたのは夏美の方だった。
* * *
『なに言ってるの? 結婚……?』
一カ月前。庭の手入れのため外に出ようと夏美の部屋の前の廊下を通った暦は、はたと足を止める。
いま、結婚と聞こえなかったか。暦はそろそろとドアに近づき、耳をそばだてた。
『……いる。付き合ってる人』
少々そっけない口調ではあったが、夏美は確かにそう言った。
暦にとっては寝耳に水の話で、自然と動悸が速くなる。
『結婚も考えてる。だから、私のことはもう――』
そこまで聞いたところで、暦は目眩がした。よろよろとドアの前から後退し、庭に行くことも忘れて、体を引きずるようにして自室へ引き返す。