「なに言ってるの? 結婚……?」
『そうよ。せっかく大学にやった娘が二十五にもなって無職だなんて、恥ずかしくて誰にも言えないもの。こっちで適当なお見合い相手を用意するから、一度会ってみなさい。どうせ、お付き合いしてる人なんていないんでしょう?』

 フリーランスは無職ではない。恥ずかしいなんて思うのも、母の思考回路が時代錯誤かつ世間知らずなだけだ。

 そう怒鳴って、電話と一緒に親子の縁も切ってしまうという選択肢もあったものの、実の親を突き放すというのは膨大なエネルギーがいる。

 想像しただけでげんなりした夏美は、その場しのぎの嘘をつく方を選んだ。

「……いる。付き合ってる人」
『えっ?』
「結婚も考えてる。だから、私のことはもう――」
『なによ、それならそうと早く言って。ご挨拶したいからうちに連れていらっしゃい!』

 夏美の『放っておいて』は、興奮気味の母親の声にかき消された。

「いや、彼も仕事が忙しいしそんな急には……」
『お仕事はなにをされてる方? 年齢は? 出身は地方? 長男だと将来あなたが苦労するかもしれないから、もし知らされてないならハッキリ聞いておいた方が――』


 * * *


 やっぱり親子の縁を切っておくべきだったかもしれないと、今になって夏美は思う。

 あの時の母の質問攻めを思い返すと、時間が経った今でも頭がぐらぐらするのだ。

 だから判断を誤ってしまった。

 存在しない恋人を実家に連れて行くだなんてとんでもない約束を取り付け、そのためにレンタル彼氏という、それこそ創作物の中でしか知らなかった怪しげなサービスを依頼してしまったのも、全部。

【料金の件、承知しました。当日はよろしくお願いします】

 タクヤにメッセージを返すと、夏美は気を取り直して仕事用のデスクに向かう。

 今朝初稿は送ったが、改稿が一本と、著者校正が戻ってきている。

(現実から逃げたい時ほど、仕事があることに救われる――)

 母親のこともタクヤのことも一旦頭から追い出し、夏美はキーボードを叩き始めた。