夏美が初めて本を出ししたのは大学生の頃。ウェブに連載していた小説に出版社が声をかけてくれて、トントン拍子に出版が決まった。

 売れたとは言い難いが爆死したというほどでもなく、その後も担当がついて色々教えてくれた。

 書くことが楽しくて、それ以外考えられなくて、就職はせず作家になりたいと母親に打ち明けた。

 しかし母は激怒した。大学まで行かせたのは夏美に安定した将来を用意したいと考えてのことなのに、その親心がわからないのかと、しまいには夏美の頬を張った。

 父もその場に同席していたが、見て見ぬふりだった。

(親心はわかるけど、そうやって周到に整えられた将来を選ぶかどうかは、私の自由だ)

 幼い頃からジャンルを問わず大量の小説に触れてきたからこそ、人にはそれぞれ違った考えがあり、親の意見に必ずしも従う必要はないという価値観が、夏美の中に形成されていた。

 しかし夏美の母は本を読まない人で、自分の見聞きしたものしか信じない。

 大学へ行かせてくれたことに感謝はしてるが、話は平行線。親からの理解を得るのは難しいと判断し、夏美は実家を出ることに決めた。

 このまま両親と暮らし続けていたら、筆を折ってしまう未来が見えた。

 そうしてひとり暮らしを決断したはいいが、安定しない職業ゆえ、なかなか部屋が見つからない。

 夏美が払えそうな家賃の物件を見つけるだけでもひと苦労だし、やっと見つけても、フリーランスでは入居審査が厳しい。

 このままではホームレスになってしまうと絶望しかけたところに見つけた物件が、暦の家だった。

 立派な平屋建ての一軒家で、家の持ち主を含めた女性限定三人でのルームシェア。つまり、あとふたりの住人を募集しているという。

 家賃は格安で、月収をもらっている会社員でなくても構わないという好条件。

 ただしひとつだけ制約があり、夏美も春子も、それぞれ別に受けた暦との面談で、直接彼女の口から聞かされた。

『この家は男子禁制。それと、女性三人で波風を立てないように暮らすために、極力恋人や夫は作らないでほしいの。もしも相手ができてしまったら、その時はルームシェアを解消させていただきます』

 夏美は生まれてこの方男性と交際した経験がなく、そうしたい欲求もない。

 教室の片隅で小説を書き綴ってていた学生の頃、同級生の男子は彼女を気味悪がったり、もしくは空気のように扱うだけだったから、夏美の方も彼らが苦手だった。

 そして社会人になった今、学生時代よりもっと男性とのかかわりはない。何人か自分についてくれている担当編集は全員女性だし、連絡を取り合う方法はもっぱらメール。

 自宅で執筆する以外、書店を覗くか散歩する程度の趣味しか持たない夏美なので、男性と出会いようもなかったし、出会いたくもなかった。

 ときめきは自分の書く小説で供給できるし、登場するヒーローはみな、夏美のように内向的な陰キャでも馬鹿にしたりせず愛してくれるからだ。