「暦さんの朝ごはんしっかり食べていくと、万が一ランチする時間がなくても午後まで持つんですよね。ほんとエネルギーの源――うまぁっ」
鮭を口に入れ、その後で白ご飯を合流させる。いわゆる『口内丼』や『口内調味』というやつである。
行儀が悪いだとか下品だとか巷では賛否両論あるらしいが、気心の知れた相手と暮らす家での食事中くらいはいいだろう。
というのが春子の持論なので、遠慮なく口の中でご飯とおかずのマリアージュを楽しむ。
『うまぁっ』だなんて心の声をそのまま漏らせるのも、女だけのコミュニティだからできることだ。
「朝晩は寒くなってきたから、しっかり食べて体温を上げておかないとね。……それにしても夏美ちゃんは、今日も朝食抜きかしら」
春子の向かいで食卓についた暦が、廊下へ続くドアの方を心配そうに振り向く。
もうひとりの同居人、筧夏美を心配しているのだ。
「確か〆切前って言ってたから、深夜まで原稿してたんじゃないですか? 遅く起きて適当に食べますよ」
二十五歳の夏美の職業はフリーのロマンス作家。
会社員の春子や、元々生活リズムがきっちりしている暦から見るとひどく不摂生な生活をしているが、〝好き〟を貫いてお金を稼いでいる彼女を、ふたりとも尊敬しているし応援もしている。
しかし、食事を重んじる暦にとって、夏美の食生活は少し眉を顰めたくなるものだった。
「適当って、また体に悪そうなものばかりでしょう? マシュマロとチョコのトーストとか、ご飯にバターをのせてその上に醤油を垂らすとか」
原稿中の夏美はジャンクな食事を好むところがあって、時々春子にもその禁断の味をおすそ分けしてくれる。
しかし、『暦さんには内緒ね』と少し申し訳なさそうにするところを見ると、暦が心配していることにも気づいているらしい。
「修羅場メシってやつですよ。〆切がくればまたちゃんとした食生活に戻りますって」
だって、暦の作るご飯はこんなにも美味しい。
あっという間に皿が綺麗になっていく朝食の最後、春子はだしの効いた味噌汁を大切そうにずずっと啜る。
「そうね。でも心配だわ……男と一緒で、不健康で甘ったるいものほどハマっちゃうものじゃない」
暦が物憂げに目を伏せ、春子はどきりとした。
春子・暦・夏美の三人でルームシェアを始めて、現在二年目。同居の条件として家の主である暦が掲げているルールは――男を作らないこと。
暦は恋愛経験が豊富すぎるがゆえ、現在は自分の生活に男性が絡むことを面倒だと思っているし、夏美は自分が執筆しているロマンス小説のヒーローに心から恋しており、現実の男性に興味がない。
春子はふたりほど極端ではないが、仕事が充実しているため恋愛に割く時間がもったいないように感じられ、今はフリーの状態を謳歌している。
……が、最近どうも雲行きが怪しい。