「……その後、お母さんから連絡は?」
「ありません。でも、遅れて実家を出たタクヤさんからはその後の話を聞かせてもらいました。取り乱してパニックになる母親を父親が何とかなだめて、『夏美のしたいようにさせよう』って言ってくれたそうです。タクヤさんにはお世話になりすぎてしまったので追加料金を渡すと言ったんですけど、断られたうえ逆に応援されちゃいました。『俺の仕事もフリーランスだし、下手すりゃ夏美さんより理解を得づらい仕事だから、勇気もらった』って」
夏美は肩の荷が下りたようにホッとした顔をしていた。
そして、いつも自分の内側でストーリーを生み、肉付けしたり練ったりしている時の、キラキラした瞳を取り戻す。
「だから私も、まだまだこの家で頑張ります。今はとにかく、レンタル彼氏を題材にした作品が書きたくってたまらないんです」
いいことも悪いことも、実体験はすべて創作に還元してやろうという気概に、暦も春子も感心する。
実家での壮絶な修羅場を経て、人としても作家としても、ひと回り成長したようだ。
「……ちなみに夏美ちゃん、タクヤさんにリアルに惚れちゃったりはしなかったの?」
春子が小声で問いかける。暦も同じことが気になっていた。話を聞く限り、確かに魅力的な男性のようだったから。
しかし、夏美はあっさり首を左右に振った。
「それはないです。背が低いし、顔も好みじゃなかったので」
先ほど熱弁をふるった春子に負けず劣らず、夏美も今日は毒づきたい気分のようだ。
ふたり揃ってなんて口の悪い子たちだろう。暦はそう思いつつも、しかし、こうして女三人で男性の話をするのも珍しいので、不謹慎ながら〝楽しい〟と思った。
彼女たちを失いたくないがゆえに掲げていたルールのせいで、今までこうした本音を聞くことができなかったのだとしたら、なんてもったいない日々を過ごしていたのだろう。
(私はこれからも、彼女たちといたい。母親ごっこをするためじゃなく、友人として――)