「……というわけで、暦さん。黙って男性とデートに出かけたりしてすみません。でも、この通り早々に終焉を迎えましたので、これまで通りよろしくお願いします」
「わ、わかったわ……」

 本当は交際禁止のルールを撤回しようと思っていたはずの暦だが、言い出すタイミングを完全に失った。

 春子の剣幕に押されたまましばらく呆気に取られていると、今度は夏美が静かに椅子を引き、疲れたように腰を下ろす。

「私も、暦さんに謝らなくちゃです。今日実家に帰ってたのは、雇ったレンタル彼氏を偽物の彼氏として親に紹介するためで」
「ちょ、ちょっと待って夏美ちゃん。情報量が多すぎるわ……一旦落ち着かせて」

 春子のマシンガントークの余韻で、暦は軽く目眩がした。

 キッチンに戻り、ゆで上がった栗に包丁を入れ、皮をむく。それを皿に盛り、芳ばしいほうじ茶と共にテーブルに出した。

「わーい、暦さんのほうじ茶」
「栗、美味しそう……」

 しばし夜のおやつタイムとなり、三人で黙々と秋の味覚を堪能する。

 軽く腹が満たされたところで、夏美は話を再開した。

「……元々、私の仕事を認めない親とうまく言ってない話はしたことありましたよね」
「ええ」
「聞いた聞いた。お母さんが結構エキセントリックなんだよね?」

 春子の問いに、夏美はこくんと頷いた。

「そうです。私が小説家でいることも、独り身でいることも許せない母親で。だから、結婚を前提に付き合っている恋人がいる体で、レンタル彼氏のタクヤさんと実家を訪問しました」

 夏美は一度お茶で喉を潤すと、実家での出来事を思い返すように宙に視線を投げる。

「……タクヤさんは素晴らしい仕事ぶりでした。完璧に私の彼氏になりきって、あの面倒な母親を終始上機嫌にさせていたんですから。でも、喜んでいる母親を見ていたら、途中で嘘をついているのが馬鹿らしくなってきちゃって」

 夏美はふふ、とおかしそうに笑った。話の内容が不穏なだけに、暦と春子は怪訝そうに目を見合わせる。

「なにもかも鵜呑みにして舞い上がってる母親に、本当のことをぶちまけました。この人、本当の彼氏じゃなくてお金で雇ったレンタル彼氏だよって。お母さんが信じるのは、自分に都合のいいストーリーばっかり。そんなあなたと決別したくて、こういう選択をしたんだって。私はこれからも結婚しないし、小説の仕事を続ける。それが嫌なら親子の縁でも何でも切ってくれって言って、実家を飛び出したんです」

 暦と春子は絶句した。感情表現豊かな春子ならともかく、普段物静かな夏美が誰かにそんなに強い言葉を放つ姿が想像できなかった。

 それほど、我慢の限界だったのだろう。