春と夏――。珍しい名前というわけではないので偶然だろうと思ったが、ふたりの年齢を聞いて暦は驚愕するとともに〝絶対にこの子たちと暮らす〟と即決した。
そして急遽、男子禁制のルールを作った。
彼女たちが生涯の伴侶となる男性を見つけて家を出てしまう可能性を、できるだけ排除したかった。
暦ももちろんプライバシーに立ち入りすぎているというのは重々理解している。しかし、春子と夏美に出会えたこの奇跡が、できるだけ長く続くようにと願わずにはいられなかったのだ。
(だけど……)
長く目を瞑っていた暦が、しっかりと瞼を開ける。
水子地蔵はいつもと同じように、優しく微笑んでいた。
身勝手な理由でふたりの女性を束縛していた彼女を赦すように。その胸に秘めた決意に賛同するように。
(私のエゴで始めた同居生活もすでに二年目。あのふたりは失った過去を埋めてくれる道具じゃないと、私だってとっくに気づいている。彼女たちは、私のお腹から消えてしまった春と夏じゃない。有坂春子と筧夏美という、かけがえのない大切なルームメイトだということも)
最後に細く長く息を吐いた暦は、踵を返して待たせているタクシーの方へ戻っていく。
ふたりとも夕飯を断ったくらいだから、帰宅は遅くになるのだろう。
しかし、今夜はどんなに遅くなっても暦は彼女たちを待っているつもりだ。そして、本当のことを話して謝りたい――。
午後八時すぎ、ガチャン、と玄関の扉が開く音がした。
(春子ちゃん? 夏美ちゃん? どちらにしても、思っていたよりずいぶん早い――)
キッチンにいた暦はコンロの火を消し、リビングダイニングのドアの方に注目する。次第に近づいてくる足音を聞き、それがひとりぶんではないことに気づく。
直後、ドアが派手な音を立てて開いた。
「暦さん、聞いてくださいよぉ~!」
眉を八の字にして入ってきたのは春子。その後ろでは、夏美が苦笑しながら肩をすくめていた。
「ふたりとも、お帰りなさい。早かったのね」
これから大事な話をしようとしていた暦は、緊張気味にキッチンを出て彼女を出迎える。
ダイニングの椅子にバッグを置いた春子は、なにか話したそうだった様子から一転、ハッとした表情になると、小さな鼻をスンスンと鳴らした。