(……それにしても春子ちゃんは嘘が下手ね)

〝単なる興味〟だとか〝自分ではなく友達の話だ〟と前置きする時、その話にはだいたい本人の切実な心理が潜んでいる。

 しかし、春子は仕事第一だから結婚は当分ないだろうとタカをくくっていただけに、暦は内心動揺した。

 夏美だけでなく、春子までもこの家を出て行ってしまうのか、と。

「どうって……人それぞれよ。私には向いてなかったけどね」
「暦さんくらいお料理上手でもダメなんですか? ほら、男は胃袋を掴めとかいうじゃないですか」
「それはそうだけど。でも、料理だけじゃダメなのよ」

 ふっと笑って目を伏せた。春子に結婚してほしくなくて意地悪を言っているわけではない。

 暦には実際、料理の腕とは関係ないところで大きなコンプレックスがあった。

「そうですよね……。やっぱり、価値観や性格の相性を慎重に見極めないと」
「あと、身体の相性もね」
「暦さんが言うと説得力ある~。でも、私としては別に気持ちいいかどうかより、男性のおっきな体にこう包み込まれて安心したい!って感じなんですけどね」

 春子はそう言って、ガバッと自分で自分をハグした。鍋をつまみに缶ビールを傾けているからか、いつも以上に饒舌になっている。

 今なら探りを入れられるかもしれない。暦は手にしていた箸ととんすいを置き、微笑みを崩さずに尋ねた。

「……春子ちゃん、そうやって抱きしめられたい相手がいるの?」

 春子は酔いが醒めたようにハッと目を見開いて、盛大に首を左右に振った。

「えっ? まままさか! 私、この家の居心地の良さと暦さんの作るご飯を手放せないですもん!」
「それならよかった。あらかた食べ終わったら、雑炊にして夏美ちゃんにも持って行ってあげましょう」
「賛成~!」

 春子はうまくごまかせたと思っているのか、すっかりホッとした表情。

 しかし、暦の中に生まれた疑念が晴れることはなく、(これは、すでに相手がいるわね)と確信を深めるだけだった。


 同居人がふたりとも自分に隠し事をしていて、かつ、幸せで居心地のよい女三人の生活がもうすぐ終わるかもしれないと思うと、暦の気持ちは沈んだ。

 しかし、強制的にふたりを家に縛り付ける方法も、そんな権利も自分にはない。

 暦は彼女たちの母親でもなければ友人でもない、ただのルームメイト。年齢差から言って、料理上手な寮母さんとでも思われていそうだ。

(寮母さん……それならそれでいい。せめて、彼女たちが出て行くまでは毎日美味しい食事を作り続けよう)