「春、夏……お母さん、どうしたらいい?」

 箪笥(たんす)の一番上、右側の引き出しから二枚の写真を取り出した暦は、そのそれぞれに映っている小さな〝娘〟に問いかける。

 白黒の写真はどちらも娘の表情などまるでわからないが、暦は不安な時、迷った時、必ずその二枚の写真を見つめるのが習慣だ。

「私ね……もう少し、彼女たちと一緒にいたいの。あの子たちのために食事を作ってあげている時、自分がやっと、母親になれた気がするのよ」

 そう語り掛ける暦の目尻は、わずかに濡れていた。


 * * *


 夏美から結婚についての相談や報告があるかもしれないと、暦はその日から少し身構えながら過ごした。ところが、一向にその気配がない。

 もしかして破談になったのだろうか。なんて、残酷な期待をしてしまう。

 そうして一カ月が過ぎた現在。今度はもうひとりのルームメイト、春子の挙動が怪しくなってきた。

「暦さん、ぶっちゃけ結婚ってどうですか? あっ。ちなみに、単なる興味ですからね。私に今そういう相手がいるとかいうわけじゃなく」

 ある夜、ダイニングで春子と夕食を囲んでいる時、春子が急にそんなことを言い出した。

 テーブルの中央には、今年初めて出したカセットコンロと土鍋。鍋の中では暦の得意料理であるごま豆乳鍋が、ほかほかと湯気を立てていた。汁に溶かした生姜のいい香りがする。

 〆切前の夏美は部屋にこもっているため、食卓には不在。

 そのタイミングを見計らったかのように話を切り出されたので、暦は春子の本気度を感じ取る。