(あの社交性のない夏美ちゃんが、どこでどうやってそんな相手と出会ったというの?)

 自室の畳に座り込んだ暦は放心状態だった。

 春子と夏美をずっと監視しているわけではないが、仕事で色々な人と会う春子ならまだしも、夏美には一度も男の気配を感じたことはない。

(悪い男に騙されているんじゃないかしら)

 暦の脳裏に、過保護な母親のような思考が湧く。

 結婚すると言っても、リアルな出会いから始まるとは限らない。インターネットを通じて誰かと知り合い、気が合えば直接顔を合わせる、なんてプロセスも、今の人はそれほど抵抗がないと聞く。

 夏美はまだ若く、恋愛経験がそれほどなさそうなのも心配だ。

 現実の男がまず言ってくれないような甘いセリフを吐くヒーローが登場するロマンス小説を書くことで生計を立てているため、それで現実と虚構の境がわからなくなったとか……。

 暦は座ったままでいるのも落ち着かなくて、畳の上をウロウロ歩く。次第に〝夏美は被害者である〟という考えに支配されそうになり、暦は小さく頭を振った。

(……いくらなんでも飛躍しすぎだわ。夏美ちゃんにも彼女の世界がある。いくら出会いが少なくても、編集者や他の作家とは親交があるだろうし、ふらっと出かけた書店で店員と恋に落ちる可能性だって否定できない。それに、たとえネット上の出会いから始まった恋だとしても、偽物と断じるには早計だ)

 暦は頭を冷やすための材料を次々探しつつも、ルームシェアの条件に〝男性との交際厳禁〟をルールとして掲げている以上、複雑な気持ちであるのは確かだった。

 春子と夏美の前では、『数多の恋愛・結婚経験から男性という生き物に失望した』とか、『女性だけの生活に男性の問題が介入するとこじれやすい』とか、もっともらしい理屈をつけてルールの正当性を訴えた。

 しかし、正直なところそれらはすべて嘘の理由だった。

 暦の男性遍歴は普通で、春子や夏美にはバツ三と伝えているが、本当はバツイチだ。

 男性をそれほど毛嫌いしているわけではないし、春子や夏美のように良識のあるまともな女性なら、男性と交際したところで他の同居人に迷惑をかけるような事態になることはないとわかっている。

 それでも暦がルールを作ったのにはわけがあった。

 彼女の中で、春子と夏美はただの同居人ではなく――。