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「いや〜、その話懐かしいですねぇ。もう1年も前かぁ。うちらもうズッ友って感じですね!」
しみじみと美羽が懐かしそうに目を細める。
「今、思うと美羽やばかったよね」
「えぇ、美羽ちゃん、やばかったわ」
「そ、そうですか!?」
心外という風に私と春子さんを見つめる美羽に私はやれやれと肩をすくてみせた。
「だって、普通に街コンに行ったのに女に声かけるって。え、そっち…!?って感じでしょ?」
「だ、だって、あの時は1人で帰るのなんか嫌だったしぃ…。明美さん優しそうな美人さんだったからぁ」
「はいはい。褒めてくれてありがとう。でも、美羽のおかげでこうして、春子さんとも仲良くなれたし、こんな風に定期的に飲み会できる数少ない友達になれたし、感謝してるよ」
「明美さーん」
「ほんとほんと!だって、私達、普段だったら絶対に関わるメンバーじゃないものねぇ。年齢もだけど仕事もバラバラだし」
「春子さ〜ん」
ウルウルと瞳を潤ませる美羽を尻目に、私と春子さんは顔を見合わせて笑う。
1年前、街コンで出会った私達は、現在2週間に1回のペースで集まっては飲み会を開催していた。
お互い仕事もバラバラ、休みもなかなか合わないけどなんとなく一緒にいると居心地がよくて。
まさか初対面から1年も付き合いが続くなんてあの時は思いもしなかったけどね。
「さ、春子さんも来ましたし。そろそろ本題!最近の恋愛事情発表にいきましょ〜。私はさっき明美さんには言ったんですけど、マッチングアプリで出会った男が最悪でした、以上です!」
「あら。美羽ちゃん、マッチングアプリしてたの?」
「はい!前回の飲み会後に初めてみたんですけどぉ。でも、もうやめました〜」
「美羽は、すぐ会いに行こうとするからダメなんだよ。ちゃんともう少し時間を置いて、関係性を築いてからさぁ」
「だって〜。そういうの向いてないんですもん。とりあえず会って、アリかナシかの方が早いじゃないですか!長々連絡してていざ会ってみてナシだったら時間もったいないないですもん」
大人しい性格なのに変なところで行動力があり、白黒ハッキリさせたいタイプの美羽らしいやり方ではあるが、すぐに会って変な男だったらどうするのか。
実は、いつか事件に巻き込まれないかと私はヒヤヒヤしていたりする。
「まぁねぇ…。でも、美羽ちゃん、とりあえず会う時は私か明美ちゃんに事前に相談してね?もし、最悪な男だったら私が社会的に抹殺…じゃなかった、制裁を加えてあげるから」
ニコッと素敵な笑顔の明美さん、さすが弁護士。
頼りになる。
「はーい!さすが春子さん頼りになる〜。じゃあ、この流れで次は春子さん!」
「私?そうねぇ…。最近、ナンパでは既婚男性から声をかけられることが増えたわね…。もう、本当に、困っちゃう」
ハァ…と、大きなため息をこぼす春子さんに美羽はパチパチと目を瞬かせた。
「勇気ある人たちですねぇ…」
「まぁ、私が弁護士ってわからずに声かけてるんでしょうけどね。既婚男性はとりあえずお断りだわ。で、明美ちゃんは最近どう?」
春子さんに話を振られ、ドキリとする。
実は今日の飲み会で2人に報告しないとと思っていたことがあったのだ。
「あ〜…えっとぉ…」
少し口ごもる私に、美羽と春子さんの目が輝く。
「へ!?ちょっと、明美さん、その反応はも、もしかして!?」
「明美ちゃん、なんかあった!?」
「いや、まだ付き合ったりはしてないんですけど〜。ちょっといいなぁって思う人がいて」
気恥ずかしくなり、視線を下に向ける私に「「詳しく…!」」と詰め寄る2人。
その後、私は2人に出会いの経緯を語りだした。
「えっと、友達主催の合コンで知り合った普通の会社員の人で。年は私より1つ上、真面目そうだし、顔も結構タイプな感じで…。連絡先聞かれたので教えて今度ご飯でもってところでとまってるので、まだそこまで報告するようなことは…」
えへへと照れ笑いをする私に向かって。
「写真ないんですか!?もしくはその人のSNSとか知らないんです!?」
美羽がそんなことを言い出した。
「写真…。あ、この前合コンで最後に皆で撮ったのがあるよ、この人なんだけど…」
「え!?どれどれ?」
いつも冷静な春子さんが興奮したように私のスマホ画面を覗き込む。
「へぇ、優しそうだし、感じも良さそうね!」
「おぉ!いいじゃないですかぁ!ふふ。なんか、安心したらトイレに行きたくなっちゃった。私、ちょっとお手洗い行ってきまーす」
「美羽ちゃん、こけないようにね」
「はーい!」
テンション高めに部屋を出て、トイレへ向かう美羽の背中を見送った私と春子さん。
その後、二人きりになった春子さんから、合コンで出会った男性の件で、質問攻めにあっていた。
久しぶりの恋バナにキャッキャッと楽しそうに話していると。
「た、大変ですっ」
バタバタ慌てたように戻ってきたのは、先ほどトイレに向かった美羽だ。
なぜか顔色が悪い美羽に、私はコテンと首を傾げる。
「どうしたの?美羽」
「いたんです!そこのテーブル席!明美さんの相手が!」
「えっ…」
「しかもちょっと意味深な話してるの聞いちゃって…」
言いづらそうに美羽はモゴモゴと口ごもる。
どうやら、トイレに向かう途中にあるテーブル席に先ほど私が見せた写真の男性がいたとのこと。
「それ、本当に写真の人だったの…?というか意味深な話って…?」
「間違えないですよー!意味深な話は…えっと、」
「わかった。私、ちょっと見てくる」
まごつく美羽の態度が気になった私が、席を立った。
「ちょちょ、明美さんが行ったら即バレですから!ここからコッソリ見てみてください」
慌てたように手招きをする美羽に従いそっと、個室の入口からひょこっとテーブル席に視線を向ける。
(本当に、進藤さんだ…)
そこにいたのは、たしかに先日合コンで知り合った進藤さんだった。
同僚なのかスーツを着た男性が向かいに座っていて楽しそうにビールを飲んでいる。
一見、普通の飲み会の席。
果たして美羽が言っている意味深な話とはなんなのか。
「美羽、何を聞いたの?」
ジッと美羽の目を見つめ、私が真剣な表情を浮かべると。
「えっとですね…。さっき、トイレに行く途中で写真の人だって気づいて、ちょっとおしぼりもらうフリして話聞いてたんですよ。そしたら…」
美羽は自分が聞いたという会話について、ぽつりぽつりと語りだした。
*
『なぁなぁ、そういえば、進藤。最近合コンで女と連絡先交換したんだろ?どうよ、手応えは』
『えー、まぁ、ちょい地味な感じだけど。わりと美人系でさ、今度ご飯行くかって話にはなってるわ』
『マジで?つか、大丈夫なんか?美華ちゃんにバレないように気をつけろよ』
『大丈夫だって。美華は気づかねぇし、それにあの子は、ワンナイトできたらもう終わりかなって』
『ったく、あんまり遊んでるといつか刺されるぞ』
『大丈夫、大丈夫。まぁ、あっちがよかったらそういうあ友達っていうのもアリかもなぁ』
*
「…というわけです」
「最低…」
春子さんが吐き捨てるように言葉をもらす。
申し訳無さそうに肩をすくめる美羽に私は小さく笑顔を向けた。
「ゴメンね、美羽。言いづらいこと言わせたね」
「いえ、私は全然…!そんなことより明美さんのほうが…」
心配そうに私を見つめる美羽に向かって、私はフルフルと首を横にふる。
「ううん、逆に早めに知れてよかったよ。彼女さんにも申し訳ないしさ」
合コンの席では、全く彼女がいる素振りがなかった進藤さん。もしかしたら隠すのに慣れていて、浮気常習犯なのかもしれない。
久しぶりにトキメイたし、悲しくないと言えば嘘になるが本当に早めに本性がわかって良かったと思っていた。
そんな私を見つめ。
「美羽ちゃん…」
おもむろに春子さんが美羽の名前を呟く。
その表情は、無表情。
たった1年の付き合いだが、彼女が本気で怒っている時に見せる顔だということを私達は知っていた。
「は、はい、春子さん」
そのことに気づいた美羽も、焦ったように返事をする。
「私達の大事な明美ちゃんを悲しませたバツ、彼にはうけてもらわないと、ね?」
「…!!やっちゃいます?春子さん?で、作戦は??」
「そうねぇ…。彼、女の子を弄んでるみたいだし、こういうのはどう?」
クスッと素敵な笑みを浮かべ、春子さんは美羽に何事かを耳打ちしたのだった――。
**
ゴクリ。
春子さんに「明美ちゃんはとりあえずここで見てて?来てほしい時合図するから」と言われ、私は個室の隅で1人様子を伺っていた。
大丈夫なのだろうかと、ハラハラしている私をよそに。
「え〜!?進藤さんと、太刀川さんは同期なんですねぇ。一緒に飲みに行かれるなんて仲良しぃ。ね、春子さん」
「えぇ、2人とも素敵だし。急に声かけちゃってごめんなさいね」
キャピキャピした美羽と、大人の余裕を見せる春子さんはなんと進藤さんたちの席で一緒にお酒を嗜んでいる。
「いやいや、こっちこそ。美羽ちゃんと春子さんみたいな綺麗な子に声かけてもらえて嬉しいし、なぁ?」
「ほんとほんと。つか、春子さんマジで美人!俺、超タイプ」
すっかり舞い上がった様子の進藤さんと、連れの太刀川さんと言う男性は、大きな声で楽しそうにビールを飲んでいた。
「えー。でも、進藤さん素敵だし、彼女いるんじゃないの?」
春子さんがニコッと微笑むと、進藤さんはデレデレした様子で「いや、俺彼女いないんですよ。な、太刀川?」と同期の太刀川さんに話を振っている。
「あ、あぁ…。まぁな」
太刀川さんは真実を知っているからか若干、歯切れが悪い様子。
「うそぉ。彼女はいないにしても良い感じの子はいるんじゃないですかぁ?」
美羽が鼻にかけたような声で、進藤さんに問いかけた。
すると。
「いやいや、マジでいないって。女っ気0だからさ」
美羽の肩に腕を回し、そんなことを話す彼にズキリと胸が痛む。
(ふーん…。つまり、私とご飯食べに行く約束はカウントされないってわけね)
美羽の言う通り、かなりのクズ男のようだ。
そんな様子を見ていると、だんだんムカムカしてくる。
その時だった。
「え、春子さん、弁護士さんなんすか!?頭良いんですね」
太刀川さんの驚きの声が聞こえ、私もそちらに意識を集中する。
「あはは。そんなことないわよ〜。私、小さい頃から弁護士になりたくて猛勉強してなんとかって感じだし」
「へぇ!ちなみにどういう相談が多いんですか?」
興味本位で春子さんに質問をする太刀川さん。
「そうねぇ、私はわりと不倫とか浮気とかそういう相談を受けることが多くてね?」
ピタッ。
春子さんが「不倫」「浮気」のワードを出した瞬間、先ほどまでに楽しそうに美羽と話していた進藤さんの表情が少しだけ焦ったように見えた。
「春子さん、そっち系の相談多いんですか〜?」
「そうそう。特に男性側の不倫とか浮気が多いのなんのって。バカよねぇ、気づかれないわけないのに。浮気だったらまだいいけど、不倫だったりしたら離婚調停になったりすることもあるし、慰謝料で相当奥さんから搾り取られてなんて話、最近珍しくないわよ」
クスクスと意味深に話す春子さんに同調するように、美羽も「相手がいるのに浮気とか不倫とか、本当にありえないですよね〜。私、そういう男の人本当に無理!もし、私がそんなふうになったら絶対慰謝料とります!」と頷いている。
「へ、へぇ…。そうなんだ」
「まぁ、こういう人もいるって話よ。進藤さんも太刀川はんも真面目そうだしこういう話とは無縁そうだから、大丈夫」
おっとりした口調の春子さんに反して、何やら顔色が優れない進藤さん。
これはもしかしたら、美華さんと言う人は、奥さんで。
浮気じゃなく不倫をしようとしていたパターンなのかもしれない。
「そ、そうだ。俺達そろそろ帰らないとだった。な、進藤」
「あぁ、だな…」
見かねた太刀川さんが話題を切り上げにかかった。
その瞬間、美羽が私に向かって手招きをする。
(今だ…!)
私はその合図に従って、ゆっくり進藤さんたちが座るテーブル席に向かって足を踏み出していた――。
**
「あ、そうなんですね。残念ー。てか、実はぁ〜。私達3人で来てて、紹介しますねぇ。明美さんです」
私が、こちらに来るタイミングを見計らって、甘えた口調で進藤さんと太刀川さんに声をかける美羽。
パチリ。
近づいてきた私と視線があった進藤さんは、驚愕したような表情で私を見つめている。
「あ、明美ちゃん…」
「どうも、進藤さん。偶然ですね?」
「え…。ど、どういうこと…?」
「どういうって、たまたま友達と飲みに来てたんですけど」
「そ、そうなんだ。奇遇…だね」
淡々と問いかけに答える私に対して、進藤さんは苦笑いを浮かべた。
きっと、今彼の頭の中はフル回転のはず。
どこまで私が勘づいているのか気になって仕方がないと見えた。
「あ、この前はお食事に誘ってくださってありがとうございます。来週でしたよねぇ、楽しみにしてますから」
私のその言葉に、状況把握ができていなかった太刀川さんが目を見開く。おそらく、私が先ほど話していた合コンで出会った女だと理解したようだ。
「え、あの…。明美ちゃん、ご、ごめん!その話やっぱりなかったことにしてください」
「あ、おい!進藤…!待てって」
顔面蒼白の進藤さんは、私に向かってペコッと頭を下げ、鞄を掴むと足早にその場を立ち去っていった。
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「あぁ!すっきりした、2人ともありがとうございました!」
進藤さんたちの姿が見えくなった頃、私は美羽と春子さんに向かってニコッと笑みを浮かべる。
「いえいえ。大事な明美さんのためですもん!」
「そうそう、あんなクズ男、きっと近いうちに慰謝料請求されるって」
2人のおかげでなんだかとても晴れやかな気持ちだ。
「ささ、あんなヤツのことはもう忘れて、おいしいお酒飲み直しましょ〜」
「美羽ちゃんの言う通り…!というか小腹もすいたし、おつまみも追加しちゃいましょうか」
私の左腕を美羽、右腕を春子さんがつかみ、先ほどまでいた個室へと戻っていく。
そんな2人の優しさに思わず胸がジンと熱くなった。
「美羽、春子さん、ありがとう〜!もう大好き!」
ぎゅっと彼女たちの腕に抱きつき、私は再度2人にお礼を告げたのだった――。
**
きっかけは、男性と出会う目的で行ったはずの街コン。
その街コンで、こんなに素敵な女友達が2人もできるなんて、ある意味、勇気を出してあの日街コンに参加してよかたと今になったら感じる、今日この頃――。
END