「明美(あけみ)さーーん!もう聞いて下さいよぉ。まーた、マッチングアプリの男、最悪だったんですぅ」

とある居酒屋の個室。

お酒が入って気持ちが大きくなってきたのか、少し舌っ足らずな調子で私に声をかけてきたのは、美羽(みう)だ。

まだ20代前半の彼女はもともとが童顔なだけあって、未だに居酒屋で年齢確認をされるらしい。

ぷくっと可愛らしく頬を膨らませ、私の肩に寄りかかってくる美羽の髪からは、ふわっと香る甘いコロンの香りが漂ってきた。

(この顔で、迫って来たら男はイチコロだろうに…。)

先日、マツエクに行ってきたというだけあって、いつも以上に目力が強い彼女。しかも、酔っているのか頬をほんのりピンク色に染めている。

とは言え、お酒が入っていない美羽はどちらかと言うと控え目な性格で、「もっとグイグイ行けばいいのにもったいないな」と私は常々感じていた。

20代後半、いわゆるアラサーの私にとって、美羽の若さが眩しかったりする。

「美羽〜、ちょっとペース落としなよ?このままじゃ、春子さんが来る前に寝ちゃうでしょ?」

私は彼女をたしなめつつ、近くに置いてあったウーロンハイをぐびっと飲んだ。

「大丈夫でぇーす!私がこの飲み会を毎回どれだけ楽しみにしてると思ってるんですかぁ?ちょっとやそっとじゃ潰れませんって!」

キャハハと楽しそうに笑い、甘いカクテルをグビグビ飲む美羽に、私が苦笑いを浮かべた時。
 
「明美ちゃん、美羽ちゃん、遅れてゴメンね。仕事が長引いちゃって!」

申し訳無さそうにやって来たのは、長い黒髪を一つに結び、目鼻立ちがくっきりした背の高いスーツ姿の女性。

「春子さぁ〜ん。相変わらず綺麗ーー!大人の女、羨ましい〜」

「美羽、落ち着きなさいって。春子さん、お疲れ様です。何飲みます?」

「ふふ。美羽ちゃんこそ相変わらずねぇ。明美ちゃん、ありがとう。じゃあ生ビールお願い」

「了解です!」

近くにあったタッチパネルを操作し、生ビールを注文した私は目の前に座る春子さんに、おしぼりを手渡した。

「明美ちゃん、気が利く〜」

ニコッと笑顔でおしぼりを受け取った春子はんは「疲れたー」と大きく伸びをして結んでいた髪の毛をほどく。

春子さんの背中まである綺麗な黒髪がサラッと揺れた――。


私の名前は、山咲明美。年齢は28歳、独身。
仕事は、この居酒屋の近くにある歯科医院で、歯科衛生士をしている。

ちなみに先ほどから既に出来上がっているのが澄田美羽、22歳、独身。仕事は保育士。

そして、最後にやって来たスーツの女性は、水川春子さん。32歳、独身。仕事は弁護士。バリバリのキャリアウーマンだ。

こんなに年齢も性格も仕事もバラバラの私達がなんで、定期的に飲み会をするくらい仲が良いかというと、出会いは約1年前に遡る――。


**


『えーっと、皆様〜今日のカップルは以上になります。見事カップルとなられました3組の皆様本当におめでとうございます。それでは男性の方から先に退出をお願いいたします』

マイク越しに聞こえてくる男性スタッフの声を尻目に、私はいそいそと帰る準備をはじめていた。

(惨敗だ…)

心の中でため息をこぼし、バックからスマホを取り出して時間を確認する。

時刻は17時、せっかくの休日に帰るにはまだ早い時間帯。

きっと、カップル成立した皆様は、このままの流れでご飯でも食べに行くのだろうと容易に察することができた。

実は本日、私は人生初のいわゆる、街コンと言われるイベントに参加をしていた。

27歳を迎え、周りがどんどん結婚していく中、自分自身もそろそろ結婚というワードがちらついていて。

ここ最近、彼氏なんていう存在がご無沙汰だったこともあり意を決して街コンに参加してみたまではよかったのだが…。

(あんな短時間で、良い人はなかなか見つからないよねぇ…)

今回の街コンは、飲み食いをしつつ、参加男性と会話をしていくというもの。スタッフの声かけで、男性参加者が移動をし一応、全員と一度は会話をするという形式だった。

参加男性全員と話ができたのは良かったが、正直ピンと来る人とは出会えなかったのが本音。

ゾロゾロと会場をあとにする男性参加者がいなくなった頃、私も荷物を持ち席を立つ。

(1人でなんかご飯でも食べに行くか…)

友達にもナイショで参加した街コンだったこともあり、特に今回の件を報告する相手もいない私。

会場を出ると、カップルが成立した男女が気恥ずかしそうに連絡先を交換したり、一緒に肩を並べて歩いている姿が目に入ってきた。

そんな楽しそうなカップルを横目に、私が1人で、エレベーターがくるのを待っていた時。

「あ、あの…。お姉さん、お1人ですか?」

声をかけてきた可愛らしい声に、思わずくるりと振り返る。

そこに立っていたのは、どう見ても私より若い女の子。

ふわふわのパーマがかかった綺麗な茶色の髪と、愛くるしい大きな目には既視感があった。

(なんか杏子に似てる…)

そう、うちの実家で飼っているポメラニアンの杏子にそっくりだったのだ。

今日のイベントの参加者だろうか、パット見は大学生くらいの女の子はおどおどした様子で私を見つめている。

「えっと、1人ですけど…。もしかしてお姉さんも今日の街コンに?」

「は、はい…。私も1人で参加してて。結局カップルにはなれなかったんです」

あははと、苦笑いを浮かべる彼女に私は目を見張った。

(こんなに可愛い女の子がカップルになれないなら、私なんか確実に無理だわ)

ある意味、諦めがつくというものだ。

その瞬間、エレベーターが到着した音が聞こえ、私はその可愛いらしい女の子とともにエレベーターに乗り込む。

2人きりのエレベーター内は不思議と気まずさはなかった。

「お姉さんくらい可愛いのにカップルになれないのかぁ。初めて参加したからイマイチよくわかってなかったけど、街コンってレベル高いのね〜」

「いやいや、それはこちらのセリフですっ!というか、綺麗なお姉さんだなと思ってつい声かけちゃいました。なんか1人で来てたから話す相手もいなくて…」

恥ずかしそうに目を伏せる彼女に思わずクスッと笑みが溢れた。

エレベーターが1階に到着し、私と女の子は連れ立ってホールに出る。

「じゃあ、お互い良い相手見つかるように頑張ろうね」

最後に彼女へ声をかけて、帰ろうとした瞬間。

「あ、あのっ…!本当によければなんですけど今から時間ありますか?私、このあと暇で…。よかったら今日の街コンの反省会一緒にどうですか?」

意を決した様子で私の瞳をジッと見つめ、女の子はそんな提案をしてきたのだ。

「え…?」

困惑する私をよそに。

「えっと、私、美羽って言います。実は今回友達とかにもナイショで参加してて…。この街コンを共有する相手がいなくて…。本当はですね!次に繋げるためにせっかくなら反省会したいと思ってたんですよ。だから、お姉さんもお時間あるならどうかなと…。あ!忙しいなら全然大丈夫なんで!すみません…急にこんなこと」

曖昧に微笑んで恥ずかしそうに言葉を紡ぐ女の子、美羽ちゃん。

そんな彼女を見つめ、私はあまりにも自分と似たような参加スタイルに驚きを隠せなかった。

「わ、私も…。友達とかにナイショで参加してて…。あ、名前は明美です」

「そうだったんですか!?」

パアッと瞳を輝かせる彼女に、私はコクリと頷く。

「じゃあ、やっぱりここで会ったのも何かの縁ですし!明美さんが良ければご飯でも行きません!?」

今度は食い気味に誘ってくれる美羽ちゃんに、私もつい気が緩む。

「ふふ。うん、いいよ。どうせ帰るだけだったし」

「わぁーい!やった!明美さん、何か食べたいものあります?」

「うーん、とりあえず居酒屋でも行く?てか、美羽さんって未成年…でなないよね?」

「え!?一応、私、21歳なんで!お酒もバリバリ飲めますから」

若いなと思っていたのは当たりだったらしい。
未成年ではないものの自分より6歳も下なのかと改めて痛感する。

(最近の若い子は、積極的なのね…)

しみじみとそんなことを考えつつ、私は「じゃ、そこの居酒屋でも行こうか」と彼女に笑顔を向けたのだった――。


**


お酒が入れば、会話も弾む。

美羽ちゃんとの衝撃的な出会いから、2時間が経過した頃。

時刻は19時を迎えていた。

「明美さーん、私、今日何がいけなかったんですかねぇ。ちゃんと話もしたしぃ…」

「よしよし。ねー!こんなに可愛い美羽ちゃんを誘わないなんて。男が見る目なかっただけだから、気にしないの〜」

居酒屋のカウンター席ですっかり酔いもまわってきた私達は今日の街コンの愚痴を話す。

「ありがとうございます〜。つか、そもそも!明美さんみたいな美人をほおっておく男どもがどうかしてるんですよっ!ちなみに、明美さん的にはいいなぁって思う人いなかったんですかぁ?」

「そうねぇ。ビビッとくる人はいなかったかなぁ」

「ですよねぇ。というか、あの短時間で気になる人見つけろっていうのが難しいですよね」

「あ!それ、私も思った!」

年齢も見た目も違う美羽ちゃんだが、どうやら価値観は似ていたようで話していてすっごく楽しくて会話が途絶えない。

(まさか初参加の街コンで、異性じゃなくて同性と仲良くなるなんて、思わなかったなぁ)

そんな思いを抱きつつ、美羽ちゃんとの会話に花を咲かせていると。

――ガラッ。

勢いよく店の扉が開いた。

つい反射的に店の入り口に視線を向けた私。

(あれ、たしかあの人…。街コンでカップルになってたお姉さんだ)

アジアンビューティーなはっきりした顔立ちにスラッと背が高かったから印象に残っていた。

「いらっしゃいませ〜。お姉さん、すみません、今席がいっぱいでこちらのカウンター席でもいいですか?」

店員さんの申し訳無さそうな声に、アジアンビューティーなお姉さんが、私の横の席を一瞥する。

そして。

「私は大丈夫ですけど…えっと、お姉さんお隣いいですか?」

控え目な少し低めの綺麗な声が店内に響いた。

「もちろんです!どうぞ、どうぞ〜」

「すみません、失礼します」

ニコッと素敵に微笑み、私の横の席に腰をかけ、「生ビールお願いします」と店員に声をかけているお姉さん。

(そういえばさっきカップルになった男性はどうしたのだろう)

ふとそんなことが気にかかった。

今はお姉さん1人きりだし、あとから男性が来るような気配もなかったから。

「あ、あの…。失礼ですけど、もしかしてさっき街コンにいらっしゃいました…?」

「え…?」

驚いたような、怪しむようなお姉さんの表情に私は慌てて弁明をはかる。

「実は、私とこっちの女の子も参加してて!お姉さんのことさっき会場で見かけたような気がしたので…。えっと、間違ってたらすみません」

ペコッと頭を下げる私に対し「…そうだったの。えぇ、そう。私も参加してたわ」とお姉さんの優しげな声が聞こえてきて私はホッと胸を撫で下ろした。

「えー?お姉さんも参加してたんですかぁ?え、てか、お姉さん…!もしかしてさっきカップルなってませんでした!?」

私越しにキャピキャピと声をかける美羽ちゃん。

さすが21歳。ノリで何でも聞いちゃえるからすごい。

「ちょっ、美羽ちゃん…!」

慌ててフォローを入れる私に向かって、お姉さんはケラケラと楽しげに笑い、先ほど届いたビールをあおる。

「あはは。いいのよ〜。そうそう、一応ね。カップル成立はしたんだけど。第三希望の人で正直とりあえず書いとこうっていう気持ちの人だったからイマイチ盛り上がらなくて…。早めに切り上げて帰ってきちゃった」

ペロッと舌を出し、お茶目な調子を見せるお姉さん。

(よかった、優しそうな人だ)

美羽ちゃんの失礼発言も華麗に流す大人の女性に、思わず感動してしまう。

「えーっと、そしたら2人は友達で一緒に参加…?あ、もしかして職場の先輩、後輩とか?仲良しなんだねぇ」

若干、世代が違う私と美羽ちゃんを見て、お姉さんは不思議そうに首を捻りつつ、問いかけてきた。

「い、いえ…。私達は…」

「ふふっ。明美さんを私が街コン帰りにナンパしました〜!なので初対面でぇーす。でも、もう仲良し。てか、お姉さんは名前なんですか?教えてくださーい」

美羽ちゃんが、声高らかにそう言った瞬間、お姉さんの目が点になるのを私は見逃さなかった。

(いや、まぁ…。普通に考えるとそういう反応になりますよね)

「あ、え…?初対面なの?」

「はい…。一応」

「わぁ、すごいのねぇ。あ、ごめんなさい。私の名前は水川春子、2人ともよろしくね」

「山咲明美です」

「澄田美羽でーす!」


そうこの街コンの帰り道が、私達、3人の出会い。

馴れ初めというわけだ――。