「こんな所で何する気なんだよ」
放課後。
僕は根暗と一緒に誰もいない屋上に向かった。
「ほら」
そう言って渡されたのは最近映画になった恋愛ものの漫画。
タイトルくらいしか聞いたことなくて、“CMでよく見たな”程度だから内容とか全く知らない。
一時期話題になってたから気になってはいたんだけど……。
そんな事を考えながらも、半分ラッキーと思ってパラパラとページを捲っていく。
「何?どー言うつもり?僕に貸してくれるの?」
「少女漫画から勉強しようと思って買ってきた」
は?
思わずページを捲る手が止まった。
「アホらし」
パタンと漫画を閉じて無理矢理アイツに突き返す。が、受け取らないうえに僕の事めっちゃ見下してくる。
だから圧怖いって。
「何で少女漫画なんだよ」
「お前“胸キュン”とか知らねーの?」
いやテレビとかで聞いたことあるけど!!!
大真面目な顔で聞いてくるからもう何からツッコんでいいのやら。
「で、お前のキュンポイントは?」
急にそんな事言われてもすぐに出てくるわけないじゃんか。
てか、そもそもなぜ男とこんな話してんだ?冗談抜きで恥ずいんだが。
「あ、……相合い傘?」
「お前本当に令和の人間?」
「ぶっ飛ばすぞ」
僕の恥じらいを返せ。
これでも精一杯の答えなんだ。
「逆にお前は何なんだよ?」
そう挑発したつもりなのに、アイツの手が僕目掛けて伸びてきから何事かと思って様子を伺っていたんだ。そしたらグイッと顎を上げられ、長い前髪の間からアイツと視線が絡んだ。
瞬間、ドキッと心臓が跳ねた。
……は?
「は、離せっ……!」
力一杯アイツの手を払い、距離を取る。
「何するんだよっ!」
「何って俺の思うキュンポイント?」
「意味わかんねーし」
「いや、わかるだろ。てか顔真っ赤」
「う、うるさい!」
何なんだよこいつ……!
自分でも顔が熱くなるのがわかった。だから尚更言葉にしてほしくなかったのに。
「まぁでもわかっただろ?少女漫画の中にそーやって学べる事が書いてあるって」
「わかんねーし!」
「は?お前バカなの?やる気ある?」
何で喧嘩腰なの?
やっぱムカつくこいつ。根暗のくせに。
「例えあったとしてもどーやって使うって言うんだよ」
さっきの顎のやつだって急にされたらキモがられるだろ。その後の流れもわかんねーし。
「シチュエーションが無いと無理だね」
そう言った瞬間だった。
フッと僕の前に影が落ちて来て。気が付けば至近距離にいた根暗が、僕の顔の横で壁をドンッと叩いた。
これくらいは僕だって壁ドンだとわかる。
でも……女子の言う“但しイケメンに限る”って言葉、今なら激しく同意出来るかも。根暗にそんなことされても全く何にも感じないのだから。
「お前顔に出やすいよな」
「え"」
もしかして僕が“無”なのバレた?
「……何かごめん」
「謝られたら余計傷つくわ」
バシッとデコピンを喰らわされ、アイツが離れていくから僕は地味に痛いおでこを押さえた。
真っ黒で長い髪の毛。身長高いうえに姿勢も良い。正直その髪の毛だけで僕はアイツの事を根暗と呼んでるけど……。
「あの姿だったらそーでもなかったかもよ?」
顔、整ってたしな。
「なぁ。どっちが本当の姿なの?」
「……どっちでも良いだろ?バイトの姿って答えたら寝返んの?お前も顔な訳?」
「はぁ?一言多いんだよ、お前は」
ほんと、いちいち喧嘩腰なんだな、こいつ。
別にそんなつもり無かったのに。まぁ、あの言い方だったら僕もあんまり良い気分しなかっただろうし、お互い様って事で。
「てか僕“お前”って名前じゃ無いんだけど。ずっと僕の事そう呼んでるよね?」
「は?お前も俺の名前呼んでなくね?」
「……そーだっけ?」
とぼけて見せるけど、実は心の中では根暗と呼んでるなんて口が裂けても言えない。
もしかして僕も色々失礼だったりする?
いやだって、最初の出会いからアイツ喧嘩腰だったし……って全部言い訳か。
え。待てよ?
もしかしなくても僕が名前呼ばないから反発してこいつも呼ばなかったって事?
何それ面白すぎる。子供じゃん。
「夏目……だったよな?」
そう声にしたら、たぶん、こっちを向いた気がした。長い前髪のせいで正確にはわからないけど、僕を見たと思う。
もしかして喜んでる……?
「藍でいいか?」
「え?あ、うん……別に」
びっくりした。いきなり名前呼びなんだ。
「……」
てか何だこれ。
今更名前呼び合うとか地味に恥ずいんだけど。
まるで小学校の頃にやった、初めての挨拶みたいな感じだ。
まさか高校生にもなってこんな事をするとは。
「じゃあそれ貸してやるからちゃんと読んで勉強してこいよ」
「わかってるよ、夏目」
あえて名前を呼んでみたら、思ってた通りの反応で笑いを堪えるのに必死だった。
何かこいつ、思ってたよりも面白いかも……?