「藍の学校生活が思いやられる」

ファミレスにて、ポテトを食べる僕の隣で大輝が独り言のように呟いた。


「何で?」
「そりゃお前、あの夏目と同じクラスじゃん」
「あぁ、アイツか」


夏目(なつめ)徹也(てつや)

1年の時に絡まれたあの根暗野郎が、最悪なことに2年で同じクラスになった。

あの時クソムカついてアイツのクラスとか名前を調べた。そしたら根暗野郎、どうやら学年トップの頭脳の持ち主なんだと。
今までそんなもの興味無くてテストの度に廊下に貼り出される順位なんか見向きもしなかった。でもそんな話を聞いたからには確認したくなるって言うのが人間な訳で。見に行ったら、ほぼほぼ満点の数字だったんだ。

……まぁ。根暗だしな。
勉強しか取り柄無いんだろうな。

なんて思ったっけ。


絶対関わりたくない人間だったのに、まさか同じクラスになるとかほんとついてない。来年は絶対別のクラスがいい。


「顔を見ただけでもイライラする」
「ほんと嫌ってるよね」
「大っ嫌いだ」

思い出しただけでもイライラする。声も聞きたくないくらいだ。

「そんな怒ってたから可愛い顔が……違った。綺麗な顔が台無し〜」
「うっせーよ」


あーもう。イライラするなぁ。
早くミキちゃん来てくれないかな。

氷の入ったグラスを、気持ち強めにストローでかき混ぜる。



「ごめーん!遅くなったぁ」
「ミキちゃん!」
「やっほ〜藍くん」

鈴を転がしたような優しい声に、急いで僕達の所に来るその姿はまさに小動物。フワフワしてて……マジ天使!!

さっきまでイライラしてたのにミキちゃんの笑顔を見た瞬間、どっか吹っ飛んで行った。



「俺達も今来た所だから」
「ミキちゃん何か頼む?」
「そうだなぁ」

はぁ……悩んでる姿も可愛いなぁ。早く僕だけのものにしたい。


「決めた!ケーキにしよ」
「他はー?みんな決まった?」


ミキちゃんが連れてきた友達の分まで注文を聞いた大輝は、タッチパネルを使って操作する。

こー言う時の大輝ってほんと気がきくよな。
だから大輝って割とモテたりしなくもなくもない……悔しいけど。

まぁ、僕がミキちゃん狙ってるの知ってるからそこは何の心配もいらないんだけどさ。



少ししてミキちゃん達が注文した物が届いたんだけど、1つ気にかかる事が。


「……」

ミキちゃんがずっと店員の事を見てる。見てるって言うか目で追ってる。
初めは気のせいと思ったよ?

でも何回もこのファミレスに来て、そいつを見つける度に姿追ってるんだから……もう気のせいじゃ済ませれない。


「あ、あああのさ、ミキちゃんって付き合ってる人いるの?」
「えー?いないよぉ」
「じゃ、じゃあさ、好きなタイプは?」
「えー藍くん急にどうしたの?」

不思議がるミキちゃんに思わずたじろぐ。


「じゃあ順番に言っていかね?」

そう声を発した大輝にその場にいた数人がワッと盛り上がった。

「良いね!楽しそう」
「女子のタイプってどうせイケメンだろ〜」
「偏見!」

ナイス大輝!!

正直ミキちゃん以外興味なんか無いから頭に残らないけどここはチャンス。それとなく伝えてみるか。


「じゃあ次藍の番」
「僕は……」

や、やば。
告るわけじゃないのに緊張する。

どこまで言ったら匂わせられる?言いすぎてミキちゃんの友達にはバレたくない。『あれ?』くらいに思わせるくらいがちょうどいいのに……。


「か、可愛い子。小さくて、フワフワした……」

結果。出たのはそんな答え。

「結局男子も顔じゃん〜」
「じゃあお前らイケメン狙うなよ?!」


なんて言う会話はもう僕の耳に入ってこない。

失敗した。何の匂わしも無いんだから。



「じゃあ最後はミキ〜〜」

ミキちゃんの名前を聞いて心臓が跳ねた。
もしかしたら僕の気持ちが少しでも伝わったんじゃないかとか、匂わせることが出来たんじゃないかって。

ほんの少しの期待を込めてミキちゃんを見つめる。


「背が高くて、カッコよくて、男らしくて……ミキのこと守ってくれるような人!」


終わった。
まるで崖から崩れ落ちるような感覚だ。

匂わせどころか相手にされてない。

だって教えてやろうか?
ミキちゃんあの店員をチラッと見て言ったんだから期待の欠片も無いだろ。もうおしまいだ。



「ねえねえ、ミキのタイプってあんな感じでしょ?」

ミキちゃんの友達があの店員を指しながらそう言った。

やめてくれ。僕にトドメを刺さないでくれ。
アイツを見て頬を赤くしないでくれ。

胸が苦しくなる。



もうあの後何を話したかなんて全然覚えてなくて。僕の心は“ミキちゃんにフラれた”という悲しい気持ちに支配されていた。


「らーん。大丈夫かー?」

ファミレスの帰り道。
2人で帰る途中、全く話さない僕の顔を覗き込むようにして一歩前に出た大輝。


「別にあの2人付き合ってるわけじゃないんだからさー、そんな気落とす事無くね?」
「……どー見ても好きじゃん……僕に勝ち目無い」
「珍しく弱気じゃん」

そりゃミキちゃんのあんな顔見たら弱気にもなるって。

「藍の方が連絡先も知ってるし、会う頻度多いし、名前呼び合う仲だし、少なからず向こうよりかは有利だと思うけど」
「……マジ?」
「マジマジ。だってミキちゃんまだ話したこと無いって言ってたし」
「………ワンチャン僕にも可能性ある?」
「そりゃ藍次第じゃね?そーやって諦めてたらチャンスも無くね?」
「……」

確かに。大輝の言う通りだ。
まだ僕の方が有利。アイツなんかより僕の方が断然良いって事を伝えないと……!



「でもどうやって?ミキちゃんはアイツが気になるみたいだし」
「手っ取り早くそいつに教えてもらえば良いんじゃねーの?何ならそいつの真似するとか」

きっとその時の僕は藁にもすがる思いだったんだと思う。
ワハハと笑いながら言う大輝の言葉が、冗談に聞こえなかったんだ。


「それだ!戻ろう大輝、ファミレスに」
「え、いや、冗談……」


もう大輝の言葉なんか耳に入ってこない。

ズンズンと進んで行き、ファミレスが見えたくらいで僕は歩くスピードを早めた。

再び店の中に入ると運良くそいつが出てきたから、もうこれは神様が僕に与えたチャンスなんだと思った。



「あ、あの……!僕を男にしてください!」
「バカ!言葉が足らなさ過ぎ!」

大輝にガッと頭を押さえつけられ、謝るように強制的に頭を下げる。


「すんません。こいつの好きな人が、貴方みたいな人がタイプだったみたいで、ちょっと可笑しなこと言ってるだけなんで気にしないでください」
「ちょっ……可笑しなことって何だよ!?」
「うるさい。仕事の邪魔するな」


僕の頭を押さえる大輝の力が強まったって言う事はそー言うこと。

前が全然見えないけど、これはガチで迷惑かけてるんだ。



「ご、ごめんなさい」

そう謝った瞬間。

「良いよ。俺で力になれるなら」
「………」
「………」


僕と大輝は一緒に頭を上げた。

……ん?聞き間違いじゃないよな?
今、“俺で力になれるなら”って言ったよな?


「……マジ?」
「うん。何すればいい?」
「……」


何度も瞬きをした。
目の前にいる人が思ってた以上にかっこよかったから。

遠くから……って言うより、全くこいつの事なんか興味なかったから今まで意識して見ていなかった。


高身長で綺麗なアーモンドアイ。
黒髪だけどキラリと光るピアスがマジでオシャレにしか見えない。

大学生か何かか……?かっこよすぎるだろ。


「おーい聞いてる?」

僕の顔の前で手をヒラヒラとさせた瞬間、ハッと我に返った。


「本当にいいんですか?」
「うん。俺でよければ」


やった!
これでミキちゃんの事堕とせる!!

イケメンで優しいとか、このコンボ最強じゃん。最強の師匠に出会えた!


心の中でガッツポーズをしていると「おーい何やってるんだ?」と、奥の方で店長らしき人が顔を出したんだ。


「すみません、今行きます」

小走りに戻って行こうとするイケメンに、僕は思わず呼び止めてしまった。


「あ、あの次いつ会えますか?」
「………」
「……?」
「いつでも会えるよ」


イケメンはニッコリと笑った。何事も無かったように。

……え?何さっきの間。
それにいつでも会えるって……どう言う事だ?このファミレスに来ればって意味か?この人ここで働いてるって事?だからいつでも会えるって……?


「かっこよくなって好きな人を堕としたいんだろ?」
「え?あ、うん。そう……だけど」
「わかった。考えとくからまたな」

そう言って今度は本当に中の方に入っていき、イケメンは完全に姿を消した。


残された僕と大輝は、去って行った厨房の方をぼんやりと眺める。



「……なあ藍」
「ん?」
「俺は今ものすごくビックリしてる」
「あのイケメンに?あれはマジでビビるな」

男から見てもかっこいいとか思うんだから。

「それもあるけど、お前の行動力にも」
「そう?」
「行動力ヤバすぎだろ」