「桜ちゃんに掛けられた呪いも、そもそもあやかしの血を使って生成しているんだったよな。だったら解術するにもあやかしの血が必要かもしれない」
「あやかしの、血…」
桜は眉根を寄せる。
黒稜の父、稜介はあやかしの血を大量に使って呪いを作った。
それを解術するのならば、同じようにあやかしの血が必要だと、その文献には書かれていたのだ。
「でも、あやかしの血なんて……」
どうやって手に入れろと言うのだろうか。
「なんかそんなに困ることあるか?その辺のあやかし捕まえて来て、血もらえばいいだろ?」
李央の軽率な発言に、桜は立ち上がった。
「それは、だめ、です!!私利私欲のために、あやかしの命を奪うことは、絶対に、してはいけません!!」
私利私欲のためにあやかしの命を奪った末路、その復讐の末路をこの目で見てきた桜にとって、そんな恐ろしいことできるはずもなかった。
「あやかしだって、私達と同じように、生きて、いるのです」
桜の大きな声に目を丸くする李央。しかし、すぐにふっと笑みを零す。
「あんた、もともと祓いの陰陽師だろ?随分甘いな…ま、そんな優しい桜ちゃんだからこそ、俺は協力してるんだけどさ」
李央の言葉に、黒稜が今にも射殺しそうな瞳を向ける。
「うわっだから怖いって!!あやかしの力とか使うなよ、俺死ぬから」
李央はまたいつもの飄々としたようすに戻って、とある疑問を口にする。
「つーか桜ちゃん、祈りの巫女だろ?その力で自分の呪いなんとかできないの?」
李央の疑問は至極尤もである。
それは桜も黒稜も初めに思ったことだった。
しかし、結果としてそれはできなかったのだ。
「祈りの巫女の力は、私には、なんの効果もないのです」
桜の祈りの巫女の力は、日に日に強くなっていた。今では自由に治癒の術を使うこともできる。
しかしそれは、桜以外に対してだけなのだ。
桜が庭の手入れをしているとき、草花で手を切ってしまったことがあった。
自分にも治癒の術が掛かるのかどうか、そのとき初めて試してみたのだが、あの温かな光は微塵も現れず、力を発揮することはできなかった。
「言い伝え通り、祈りの巫女は他者のための力、ってわけか」
人々を守るための祈りの巫女の力は、どうやら自身にはなんの効果もないらしかった。
「ま、とりあえずこの書物は渡しておく。試すも試さないも、桜ちゃんが決めればいい」
桜が出したお茶とお饅頭を頬張った李央は、「じゃ、また何かあったら連絡するわ」と言って颯爽と帰って行った。
残された桜と黒稜は、先程の書物に向かい合う。
「やはり今回も、ぴんと来るものは、ありませんでしたね」
『そう、だな……』
桜の言葉に、憤慨しながらも同意を示すものと思っていたのだが、黒稜は何かを考えているような上の空な返事をした。
「黒稜様……?」
『ああ、いや、なんでもない。今日は夕餉の支度を頼めるか?』
最近は二人でお喋りをしながらご飯の支度をすることが多かったからか、黒稜は桜にそう断りを入れた。
「はい、もちろんです」
『すまないな』
黒稜はそう言うと、書斎へと戻っていく。
(黒稜様、どうかしたのかしら……?)
先程の李央との話し合いで、何か思いつくことでもあったのだろうか。
少し後ろ髪を引かれながらも、桜は夕餉の支度を進めた。



