夢を視た。
 鮮やかな花々が咲き乱れ、大きな桜の木から薄ピンク色の花びらが舞っている。
 そこに二人の男女が、仲睦まじく並んでいる。
(この夢、以前にも見たことがある…)
 以前見た時は、はっきりと二人の顔は見えず、誰だか分からなかった。
 黒稜の両親かとも思ったし、黒稜と春子なのかもしれないとも思った。
 けれど違った。
 今ははっきりと二人の顔が見えた。それは。

(黒稜様と、私だ…)

 暖かな日差しの中、仲睦まじく寄り添い、桜を見上げていたのは、桜と黒稜だった。
 桜は嫁いできてすぐに、この夢を見ていた。
 これは、きっとこれからの二人の未来。
 桜も黒稜も幸せそうに笑っていた。


 ぱちっと目を覚ますと、日が高くなり始めていた。
 春が近付いて日が伸び、日の出も大分早くなった。
 庭の桜の木も、大分蕾が膨らんできている。暖かい日がもう何日か続けば、花を咲かせるかもしれない。
 隣で眠っていたはずの黒稜の姿はすでになく、桜は慌てて布団から飛び出した。
 廊下へ出ると、お味噌汁のいい香りが漂ってくる。

「黒稜様!おはよう、ございます!」

 桜は台所へと顔を出し、朝食の準備をする黒稜に声を掛けた。

「ああ、もう起きたのか。おはよう」
「寝坊してしまって、申し訳ございませんっ」
「構わない。ここのところ、神前式(しんぜんしき)の準備もあったし、昨晩も少し無理をさせてしまった」
「だ、だ、大丈夫、です!私も、手伝います!」
 昨晩の夜のことを意識してしまった桜は赤くなった顔を見られないよう、黒稜の隣に並び共に朝食の準備に取り掛かった。



 春が近付いて、桜と黒稜の神前式の日が近付いていた。
 二人の暮らしは相変わらずだ。
 黒稜は陰陽師の仕事をこなしつつ、桜の呪いの解術式の研究。
 桜は家事をこなしつつ、黒稜の調べ物を手伝ったりしていた。
 祈りの巫女の力は徐々に強まっており、自由に治癒の術を使えるようになっていた。
 未来や過去の夢を見ることは時たまあるが、直近の二人の未来に悪いことは起こりそうになかった。
 穏やかな日々が続いている。



「そういえば今朝、文が届いていたぞ。桜宛てだ」
「私、宛?」
 桜に文を送ってくるような知り合いはほとんどいない。
 北白河の家も特に問題は起きていないようで、文や知らせが届くことはなかった。
 開けてみると、手紙の送り主は、雪平 李央だった。
「李央様、です」
 桜がそう言うと、黒稜は露骨に嫌そうな顔を見せた。
「まだそんなやつとやり取りをしているのか」
 雪平 李央は、桜に呪いを掛けた雪平 勝喜の息子である。
 しかし父の責を負ってか、あれ以来呪いの解術式について研究してくれているらしかった。都度その報告を桜にしてくれているのだ。
「桜を傷付けようとしたやつだ、あまり信用するなよ」
 その件について、李央はかなり反省しているようだった。だからこそ償いのために協力を申し出てくれたのだろう。
 今のところ桜に掛けられた呪いを解く手掛かりは見つかっていない。
 陰陽師の力も失われ、聴力も失われたままだ。
 しかし。
「卵焼きは、甘めでいいか?」
「はい」
 黒稜は耳の聴こえない桜のためにいつも分かりやすく口を動かしてくれる。
 聴こえずとも、その温もりは十分に伝わってくる。
 桜は今、幸せだった。
 嫁いできた時には、想像もできなかったものだ。桜はこの道を選んで良かったと、心から思っていた。
(黒稜様は、帝様に私との縁談を進められたと仰っていたけれど、帝様にはこの未来が見えていたのかもしれない)
 桜と黒稜が一緒になることで、二人が穏やかに過ごせるような未来があること。
 桜が祈りの巫女として目覚めること。
 黒稜の心が癒えること。
 夢見の力のある帝には、それが見えていたのかもしれない。
 祈りの巫女としての力に目覚めた桜と、天才陰陽師でありながら半人半妖の黒稜。
 この先の未来に何が起こるのかは分からないが、きっと二人ならどんな困難も乗り越えて行けると、桜と黒稜は確信していた。