『…私には、自信がなかった…』
「え……?」
黒稜は自嘲気味に笑う。
『大切な人を守れなかった。今度も守れないかもしれない。桜を愛して、また失うことが怖かった…』
『情けないだろう…?』と黒稜は顔を歪ませる。
(あ、だから、……)
桜は嫁いで来た晩に、黒稜に言われたことを思い出す。
『お前を愛すことは決してないだろう』
黒稜はそう桜に冷たく言い放った。
それは、大切なものを作って、失うのが怖かったから。
『しかし、』と言った黒稜は、桜の手を優しく握った。
『私は桜を愛してしまった』
「え…?」
きょとんとする桜に、黒稜は穏やかな笑みを向ける。
『呪いを掛けられ、陰陽師としての道を閉ざされたと言うのに、お前は自身の運命を嘆くことなく、献身的に私の妻になろうと努力していた。そんな姿に、日に日に惹かれていく自分がいることに気が付いた』
決して幸せとは言えない境遇の二人が、愛のない結婚をした。
しかしその中で少しずつお互いがお互いに惹かれていった。
(私の、一方的な気持ちだと思っていたのに…)
黒稜に惹かれていくのは桜ばかりで、黒稜は帝からの命という義務感で桜を気に掛けてくれているのだと思っていた。
しかしそれは違ったのだ。
「わ、私も、黒稜様を、その、お慕い申し上げております…」
桜の言葉に黒稜はまた優しく微笑んで、桜を引き寄せた。唇に温かな感触がやってくる。
身体は沸騰しそうなくらいに熱くなっているのに、でもそれが心地よくもある。
桜から少し離れた黒稜は、今は寒そうにしている庭の桜の木に目を向けた。
『春になって、桜が咲く頃になったら、式を挙げよう』
「え?」
『まだ、正式に婚姻の儀は行っていなかっただろう?』
「はい…」
『こんなあやかしの血が流れるような、陰陽師の端くれで良かったらな』
桜は満面の笑みで頷く。
「黒稜様は、黒稜様です。あやかしだろうと、人間だろうと、私が好きなのは、黒稜様なのです」
桜の言葉に、黒稜はふっと笑った。
『私もそういう桜だからこそ、好きになったのだろう』
桜と黒稜は、寄り添い合って桜の木を見上げた。
まだ蕾すらないこの木が、薄ピンクの花びらを付けるのが待ち遠しくなった。
未来を楽しみにするなんて、そんな日が来るなんて、二人は思いもしなかった。
(いつか、私の呪いも解けて、黒稜様もあやかしから人間に戻れたら…。そんな日が、いつかどうか、来ますように……)
桜はそう、桜の木に祈った。
その日、桜と黒稜は将来を誓い合った。
二人が、ようやく夫婦となった瞬間だった。