『私があやかしになってしまったのは、恐らくあやかしの血を浴び過ぎたせいだろう。あやかしの血は浴び過ぎると人間を異形の者に変えると言われている。どうやら言い伝えは本当だったようだ。春子を殺したあかやしの血が自分に混ざっているなんて、あまりに滑稽だろう?必死に死ぬ方法を探したさ。しかしあやかしの力は強大で、どうしても死ぬことができなかった…』
以前目の当たりにした、黒稜の驚異的な回復能力。
強力なあやかし故、自己回復にも長けており自死を許さなかったのだろう。
『自分の死を臨み続ける毎日だった…。毎日書斎に籠り、あやかしになってしまったこの身体をどうにかできないか模索し続けた。帝に私の処刑を頼み込んでみたりもしたのだが、それは許されなかった。あやかしの力が暴走したその時は処分すると約束はしてくれたものの、あれは結局、私が人間であった時と同じように接している。まあ、あいつのことだ、私の未来を知っているからこそ、桜、お前との結婚を進めてきたのかもしれない』
急に自分の名前が出てきて、桜は目をぱちくりさせた。
『私は結婚など望んでいなかった。帝からの縁談も、当然何度も断っていた。しかし桜の時だけは、帝は決して譲らなかった。私の運命が良い方に進むからと、私の名前で北白河の家に手紙を出したのだ』
(あのお手紙は、帝様が……?)
双子の妹である弥生への縁談の手紙の中に紛れていた、一通の桜宛ての手紙。それは帝が強引に送ったものだったのだ。
『私の知らないところで話は勝手に進み、桜がやってきた。初めて桜を見たのは、緑地でだったな』
「はい」
『驚いたよ、見た目が春子にそっくりだったからな』
桜もそう思っていた。
春子は、快活で陽気ではあるものの顔は桜に瓜二つだった。
『初めは、お前を追い出してやろうかとも考えた。冷たくしていれば、離縁を切り出されるだろうと。しかしお前は呪いに苦しみながらも、精一杯妻としての務めを果たそうとしていた。それに母も春子も大事にしていた庭に、愛情を注いでくれた。私はそれがどうやら、すごく嬉しかったようだ』
桜が嫁いで来たその日、庭の綺麗な花々に心を救われたような気がした。
暗い家の中で、そこだけは黒稜が大事にしていることが一目で分かった。だからこそ、黒稜の大事なものを桜も大事にしたいと思い、丁寧に世話をしたのだ。
『桜は気が付いていないと思うが、私は桜を警戒していた。こんなあやかし屋敷と呼ばれる家にわざわざ嫁いで来るような人間が、まともとは思えなかったからだ』
「それは…」
桜には居場所がなかった。例えあやかしに喰われることになったとしても、桜は北白河の家を出ざるを得なかった。
『分かっている。桜がどんな扱いをされてきたのかも。それなのに私は、自分のことばかりで、懸命に生きる桜から目を背けていた』
大切な人を失い、自身もあやかしとなってしまったというのに、他人を思いやることなど到底無理だろう。桜がそのような立場であったならば、黒稜と同じような態度を取っていただろうと思う。
気持ちが分かる、などど簡単に口に出来るようなことではなかった。
桜も目の当たりにしているが、黒稜の心情は図り得ないものであった。