桜と黒稜がへとへとになって御影の家へと帰宅すると、玄関に何やら小さな木箱が置いてあった。
 桜がなんだろう?と手に取ろうとするのを制し、黒稜がそれを持ち上げる。
 黒稜は呆れたようにため息をついた。

『饅頭だ。どうやら帝が来たようだな』
「み、帝様がっ!?」

(そっか、黒稜様と帝様は幼馴染…)

『話していなかったかもしれないが、現帝とは幼少の頃からの仲だ。公務のついでに寄ったのかもしれない』
 『こいつでお茶にしよう』と言った黒稜と一緒に、お茶の支度をした桜は、二人で縁側へと並んだ。

『酷く、疲れたな…』
「そうですね…」
 外は徐々に白んできており、もう間もなく夜明けを迎えそうだった。

『桜、お前に話しておきたいことがある』
 黒稜の真剣な瞳を見つめ返した桜は、こくんとゆっくり頷いた。
「はい」


 黒稜から話して聴かされたのは、桜が先程見てきた、黒稜の過去の出来事だった。
 春子という大事な幼馴染を失ったこと、自分があやかしに堕ちてしまったこと。

 黒稜から聴かされる話は、桜が見たそのままだった。
 桜は黒稜から語られる過去に静かに耳を傾けた。

 話し終わった黒稜は、少し困ったように眉を下げた。

『まさかとは思うが、もうすでに私の過去も見てきたのか?』

 桜は目を泳がせると、小さくこくんと頷いた。
 黒稜は、そうだと思った、というように苦笑した。

『嫌なところを見せてしまったな…』

 ふるふると首を横に振る桜。
「あの、黒稜様にとって、春子さんは…」

 若かりし日の黒稜は、春子に好意を抱いているように感じた。春子が死んでもなお、今もその気持ちを吹っ切れずにいるのではないかと、桜は思っていた。

『春子は、…親友だった。早くに両親を失い一人でいる私に、ただ家が近所だという理由だけで遊びに来ては騒いで帰っていった。本当に、変なやつだった』

 昔を思い出すかのように空を見上げる黒稜に、桜も同じように白み始めた空に視線を移した。