桜がはっと目を開けると、黒稜も李央も血だらけになっており、今にも黒稜が李央を殺そうとしているところだった。
 尖った爪が、李央の喉に突き刺さろうとしている。

 桜は自分の喉に巻き付いている札に手を当てると、(外れて!)と念じた。
すると李央に付けられていた札が簡単に剥がれ落ちた。そうして桜は叫ぶ。

「黒稜様……!!だめです…!自分を見失っては……!!あやかしの力に負けてはいけませんっ!!」

 桜の声に、はっとしたように振り返る黒稜。
『桜……?』

 掴み上げていた李央を離すと、黒稜は慌てて桜の元へと駆けて来る。

『桜……っ!!!』

 黒稜は痛いほどに桜を抱きしめた。

『桜……桜……』

 黒稜がどうしてここまであやかしの力を暴走させてしまったのか。
 桜にはその理由がやっと分かった。

(春子さんを目の前で失ったことがあるから、人を失うのが怖いんだ…)

 だから黒稜は、どれだけ自分がぼろぼろになろうとも危険なあやかしから人々を守るし、桜さえ守ってくれるのだろう。

「黒稜様…」

 桜は優しく黒稜の背中に手を回した。

(傷付いてばかりの優しい貴方に、私が出来ることは何かあるでしょうか…?)

 黒稜の心の傷が癒えるよう、桜が強く願うと、桜と黒稜の周りに温かな光が溢れ始める。

「何だ…?この光…」

 地面に転がった李央が眩しそうに桜を見上げる。
 光がゆっくりと収まると、黒稜の身体の傷が跡形もなく治り、狐のようだった姿が普通の人間の姿へと戻った。

『ありがとう、桜』
「黒稜様がご無事で、良かったです…!」

 未だに自分の力が信じられない桜だが、確かに今、自分の手から温かな光が宿りそれが二人を包み込んだ。それは確かに、二人の心身を癒したのだ。

「祈りの、巫女なのか……?」
 倒れたままの李央は、諦めたように天を仰いだ。

「そりゃ、敵うわけないわな…」
 血だらけでぼろぼろの李央に、桜は恐る恐る近寄った。

『おい、桜?』

 黒稜も心配そうにその後を付いて来る。

「出来るか、分からないのですが…」

 桜は両の掌に祈りを乗せる。

(少しでも傷がよくなりますように…)

 すると先程までとはいかないまでも、温かな光が李央を包み込み、その傷を癒した。
 李央は驚いたように目をぱちくりとさせる。

「すっご…マジで治るじゃん…」

 隣で黒稜が呆れたようにため息をついた。

『桜、力の無駄遣いは寄せ。桜の身体に何かあったらどうする』
「これくらい、大丈、夫…」

 大丈夫です、と言おうとした桜の身体が傾きそれを黒稜が支えた。

『祈りの巫女の力は、おいそれと使っていいものじゃないはずだ。自分の身体を少しは考えろ。こんな男のために使うな』

 黒稜の言葉に、李央は唇を尖らせる。

「こんな男とはなんだよ、お前が俺をボコボコにしたんだろうが」
『忘れたのか?お前が桜にしたことを。俺はお前を許していない』

 黒稜の言葉に、ぷいっとそっぽを向いた李央だが、渋々と言った様子で桜に向き直る。
「悪かったな、桜ちゃん。あと、傷治してくれてあんがと」
 桜はゆるゆると首を振る。