そこから先は、見るも無残な闘いだった。

 黒稜はすでに陰陽師として大成していたはずだが、術など一切使うことなく、あやかしを手で殴り続けた。手から血が出始めると、今度は自分の歯を使って、あやかしの身体を引き裂いていく。
人間とは思えぬ叫びと、止むことのない血の雨に、桜は見ていられなくて強く目を瞑った。

暫くして、辺りは静寂に包まれる。
 桜はゆっくりと目を開けた。

 そこには血だらけの黒稜と、同じく血だらけで倒れるあやかし。息を引き取ったと思われる、春子の姿があった。
 黒稜は力なく春子の元へとやってくると、ふらふらと傍に腰を降ろした。

「守れ、なかった……」
 黒稜の両目からぼたぼたと涙が溢れ、横たわる春子の頬を濡らす。

「春子……春……」
 黒稜少年は手から血が出るほど、拳を握りしめていた。

「黒稜、様……」
 桜の目からも涙が次々に溢れ出す。

(知らなかった……、黒稜様にこんなに辛い過去があったなんて…)

 桜を強く守ろうとしてくれていたのは、この事があったからかもしれない。
 大切な者を守れなかった後悔が、黒稜の心を縛りつけているのかもしれない。

 桜の傍で涙を流していた黒稜が、突然大量の血を吐き出した。
「ごほっっ…!!」
「黒稜様……っ!!!」

 血を吐いた黒稜は、身体が痛むのかぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら、身を捩った。
 すると黒稜の頭から狐のような大きな耳が現れ、爪は鋭く、お尻にはふさふさの尻尾が現れた。

「何だ……?これは……?」
 はっとした様子の黒稜は、後ろに倒れているあやかしの姿を見た。

「これは、呪いか……?」
 おおよそ人間とは言い難い自分の姿に、黒稜は笑い出す。

「大切な者を守れなかった罰がこれか?!」

 黒稜は手に狐火を宿すと、倒れていたあやかしを燃やした。
 心が壊れたように笑い続ける黒稜。

「いいだろう!このあやかしの力で、お前達あやかしを根絶やしにしてやる」

 黒稜からは見たこともない、あまりに狂気じみた表情に桜は思わず叫んだ。

「だめです!黒稜様!力にのみ込まれては…!」
 過去にいる黒稜に桜の声が届くはずもないと言うのに、黒稜ははっとしたように辺りを見回した。