そしてまた世界が波紋のように揺れた。

 辺りの木々は青々としてきていて、先程まで綺麗に咲き誇っていた桜は、ほとんど散ってしまっていた。

 紅葉にはまだ早いはずなのに、桜の足元が真っ赤に染まっていて、桜ははっとして顔を上げた。

 目の前には狐のような顔をした異形の者が立っており、その足元には先程まで楽しく笑っていたはずの春子が血まみれで横たわっていた。

「え……春子、さん…?」

 桜はこれが過去のことだというのも忘れ、春子に声を掛け続ける。

「春子さん!しっかりしてください!今、止血しますから…!」

 桜は祈りを込めて、手をぎゅっと握り合わせる。
 しかし黒稜の時のように温かな光は見えず、目の前では春子の顔色がますます悪くなっていくばかりだった。
(どうしよう!どうしたら血が止まるの!?)

 ぐったりと横たわる春子の傍で祈り続ける桜に、狐のような見た目をしたあやかしがケケケケと甲高い声で笑った。
「殺シタ殺シタ……!我々ノ仇……!!」
「仇…?」

 確かに昔から悪さをするあやかしは存在する。だからこそ陰陽師という力を持った者達がいるのだから。しかし仇とはどういうことだろうか。

「復讐のために、春子さんを襲った…?」
(どうして……?)

 春子が何をしたというのだろうか。おそらく陰陽師でもなんでもないはずの春子が襲われる理由など何もないはず……。
 そこで桜ははっとした。

「もしかして、稜介さんに殺されたあやかし達の仲間?」

 目の前のあやかしは、我々の仇、と言っていた。
 稜介は他の陰陽師を蹴落とすために、たくさんのあやかしを殺め、その血を使って呪いを作ったと思われる。
 そのあやかしの仲間が力を付け、御影の家を襲いに来た。そうしてたまたま居合わせてしまった春子があやかしの標的となってしまった…?
 桜はそう考えた。

「黒稜様…!黒稜様に伝えないと…!!」
「春子、来ているのか?」

 手に饅頭屋の包みを抱えた黒稜が、庭先へと顔を出す。
 そのまだ幼い顔が、驚愕の表情へと変わっていく。

「春子……っ!!」
 何もかもを投げ捨て、春子に駆け寄る黒稜。

「春子!しっかりしろ!春子!!」
 しかしその呼び掛けに返答はなく、春子は力なく目を瞑っている。

 呼吸の荒くなった黒稜は、冷静さを失い、近くで笑っていたあやかしに飛び掛かった。